贈別二首 金谷園 過華清宮 杜牧2
娉娉嫋嫋十三餘、荳寇梢頭二月初。
春風十里揚州路、卷上珠簾總不如。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
1.贈別
旅立つとき、詩文をはなむけとして贈ること。別(べつ)に贈る。この作品は、杜牧が揚州を旅立つとき、馴染みで好きだった妓女に贈ったもの。彼女が十三歳のときに別れたのなら、恐らく張好好のことになろう。
2.娉娉:〔へいへい〕女性の容姿が美しいさま。
・嫋嫋:〔でうでう;niao3niao3〕しなやかなさま。か細く弱々しいさま。
・十三餘:十三、四歳。杜牧が愛した妓女の年齢である。
3.荳?:〔とうこう〕ビャクズク。白。多年生常緑草本。初夏に薄い黄色の花を著け、秋に実をつける。生薬の名でもある。なお、豆は、現代語では、“豆年華”といって十三、四歳のローティーンの少女を指すが、その元となったのは、この作品のこの句である。
・荳:豆。
・梢頭:枝の尖。
・二月初:荳がまだ固いつぼみの時期である二月の初め。まだ成熟しきっていない少女のことも指している。
4.十里:揚州の町の規模をいう。
・揚州路:揚州一帯。揚州に杜牧の愛する年若い妓女がいた。
5.卷上:巻き上げる。(揚州の町の全ての女性の部屋の玉スダレを)巻き上げて(美しさを比べてみても)
・珠簾:玉スダレ。美しい。ここでは、女性の部屋の窓の装飾として使われている。
・總:どれも。総じて。
・不如:(貴女に)及ばない。
句の大意
・娉娉嫋嫋十三餘:麗しくたおやかな十三歳過ぎの、
・荳梢頭二月初:荳(と、少女)は枝の尖は(まだ蕾も固い)二月の初旬の様子である。
・春風十里揚州路:春風が、十里ほどあるここ揚州路に(訪れて吹いているが)、
・卷上珠簾總不如:(揚州の町の全ての女性の部屋の)玉スダレを巻き上げて(美しさを比べてみても)総じて、どれも(貴女には)及びもしない。
別(べつ)に贈る
娉娉 嫋嫋たる 十三餘、
荳寇 梢頭 二月の初(はじめ)。
春風 十里 揚州の路、
珠簾を卷き上ぐれど 總じて如(し)かず。
多情卻似總無情、惟覺髄O笑不成。
蝋燭有心還惜別、替人垂涙到天明。
※多情:多情。情が深い。
※卻:反対に。かえって。
※似:にる。
※總:いつも、大体。総じて。
※無情:情がない。無情。薄情。
※惟:ただ。「唯」ともする。同義。
※覺:感じる。さとる。
※髄O:酒器を前にして。酒席で。=樽。=尊(「尊前集」の尊)。
※笑不成。笑いが成立しない。笑うことができない。前記の日本文は、「笑い」が名詞で、主語のようになっているが、「笑不成」の「笑」は動詞で、「笑不成」で一つの複合動詞のようなものになっている。 ・-不成:やれない。やっても成功しない。動詞の後について、動作、行為が成り立たないことを表す。
※有心:気持ちがある。また、「有芯」の意でもあり、その場合は、「芯がある」になる。
※還:なおもまだ。文言の「尚」に近い。
※惜別:別れを惜しむ。
※替人:人に替わって。
※垂涙:涙を垂らす。ロウソクの蝋が垂れていくことを人が涙を垂らすことと、兼ねている。
※天明:空が明るくなる。夜明け。
句の大意
・多情卻似總無情:多情は却っていつも無情に似て、
・惟覺髄O笑不成:ただ酒席で笑いが成立しないのを感じる。
・蝋燭有心還惜別:ロウソクは芯もあるが、心(気持ち)もあるかのようで、
・替人垂涙到天明:(別れる)人に替わって夜明けまで涙を流した。
別(べつ)に贈る
多情は卻って似る 總じて無情なるに、
惟だ覺る 髄Oに 笑ひを成さず。
蝋燭 心(しん)有りて 還(な)ほ別れを惜しみ、
人に替はり 涙を垂れて 天明に到る。
繁華事散逐香塵、流水無情草自春。
日暮東風怨啼鳥、落花猶似墜樓人。
※金谷園:西晋の石崇が洛陽の北の金谷に建てた別荘の庭園で、石崇は。ここで愛妾の緑珠と暮らしていた。
※繁華:石崇の生活が豪奢だったことを謂う。
※散:散じてしまった。なくなってしまった
※逐:…にしたがって。…を追って。
※香塵:沈香を削った粉。石崇の家で働く歌妓が軽やかに舞えるかを試すために、床に沈香を削った粉を撒き、その上を歌妓に通らせ、足跡がつかなかった者には褒美として真珠を与え、跡がついた者には罰として食べ物を減らしてダイエットをさせたという。
※流水:ここでは金谷水。過ぎゆく時間をも謂う。
※草自春:草は自然に春の装いをする。天の運行を謂う。「人為」ということのはかなさを暗々裏に云っている。
・春:春の装いをする。ここでは動詞として使われている。「草自生」としたほうがより自然だが、「春」は韻脚故。
※日暮:ゆうぐれ。日が暮れる。
※東風:春風。
※怨:うらめしく思う。
※啼鳥:鳥が啼く。鳥の鳴き声。
※落花:花が散る。
※猶似:なおも似ている。
※墜樓人:身投げをした人。石崇の愛妾の緑珠のこと。
「墮樓人」ともする。杜牧の「題桃花婦人廟」にも「至竟息亡縁底事,可憐金谷墮樓人。」と出てくるが、それも同義。平仄からだけでいうと「墜」が●となり、都合がいい。
句の大意
・繁華事散逐香塵:石崇の豪華な生活も沈香の粉が飛散するのとともに、消滅してしまったが、
・流水無情草自春:川の流れも年月も無情に過ぎ去って、天の運行のみきっちりと変わることなく訪れ、草は自然と春の装いをしている。
・日暮東風怨啼鳥:日暮れの春風に、鳥の鳴き声がうらめしく、
・落花猶似墜樓人:散る花は、なおも身を投げた緑珠のようである。
長安回望繍成堆、山頂千門次第開。
一騎紅塵妃子笑、無人知是茘枝來。
1.過華清宮絶句
作者が華清宮を通ったときの作。華清宮は、長安東方の驪山の近くにある。現陝西省臨潼県驪山。玄宗(明皇)と楊貴妃の愛が結ばれたところ。
・過…:…によぎる。…をすぎる(すぐ)。
2.長安回望繍成堆
長安の方をふり返って眺めると美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なっている。
・長安:唐の都。玄宗の都でもある。
・回望:(華清宮から見れば西の方を)ふり返って眺める。
・繍成堆:美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なる。錦繍山河が、幾重にも重なって見えること。或いは、繍嶺のことを指す。
3.山頂千門次第開
山頂の多くの門が次つぎと開かれていった。
・山頂:頂上。
・千門:多くの門。塀が幾重にも奥深く重ねられているさまをいう。
・次第:つぎつぎと。
・開:開かれていく。外部から、驪山の華清宮に入り込んでいくさまをいう。
4.一騎紅塵妃子笑
一騎の馬が(浮き世の)埃を巻き上げながらやってくるのを、妃(きさき)は笑顔(えがお)で(迎え)。
・一騎:馬に乗った人が一つ。この用法の「騎」は●になる。
・紅塵:浮き世の塵。
・妃子笑:きさきが笑む。楊貴妃が(好物の)茘枝を見て微笑む。現在はこの作品が元になって、“妃子笑”という茘枝の品種名にもなっている。玄宗が愛しい楊貴妃のために、季節に先駆けて一番に出来る早生の茘枝を四川より取り寄せたことから起こったという。
5.無人知是茘枝來
誰も知らないだろうが(実は、楊貴妃の好物である)茘枝が届いたのだ。 *誰も 茘枝が来たのだ、ということを知らない。人の 知ること 無からん 是れ 茘枝 來たれりと。「無人知 是〔茘枝來〕。」という句の構成になる。
・無人:……という人はいない。だれも…は、いない。蛇足だが、その反対の「有人」は、「…とした人がいる」「と或る人が」になる。
・知+是:…ということを 知っている。
・無人知+ 是:…ということであると、分かっている人は、だれもいない。誰も知らない。
・茘枝:れいし。現代北方語では〔li4zhi1リーチー〕と言う。ライチともいうのを耳にするが、南方方言か、その訛りか。茘枝は楊貴妃の好物と伝えられている。
・來:くる。きた。
華清宮を 過(す)ぐ 絶句
長安 回望すれば 繍 堆と成り、
山頂の 千門 次第に 開く。
一騎の 紅塵に 妃子 笑み、
人の 是れ 茘枝の來たるを 知る 無し。
南陵水面漫悠悠、風緊雲輕欲變秋。
正是客心孤迥處、誰家紅袖凭江樓。
南陵道中
南陵への途上にて。
・南陵:現・安徽省南陵。安徽省東南部の長江の南にある町。町中を北流して長江に注ぐ支流が通っている。この作品は、おそらくこの川を長江の方から上って行ったときのものになるだろう。
1.南陵水面漫悠悠
南陵への川面は、水が広々、悠々としている。
・漫悠悠:ゆったりと広がっている。ABB型の表現。
・漫:水が広々と広がっているさま。
2.風緊雲輕欲變秋
風がきつく、雲が軽やかに流れて、(季節の巡りは)秋になろうとしている。
・風緊:風がきつい。
・雲輕:(風が強いために)流れていくさまをいう。
3.正是客心孤迥處
ちょうど旅情がひとりはるかなところへ思いを馳せているとき。
・正是:ちょうど。
・客心:旅をしたときの思い。旅情。
・迥:はるかな。遠い。
4.誰家紅袖凭江樓
どこのうら若い女性だろうか、川沿いの建物(の欄干)に寄り添って(思いに耽って)いるのは。
・紅袖:赤く美しい袖のある着物を着た若い女性。歳若い女性の喩え。
・凭:よりかかる。もたれる。よる。「凭欄」、「凭樓」は、高い建物に登って遠くを眺めやってにもの思いに耽っていることをいう。詞では、祖国の現状に思いを致して慨嘆したり、離れたところにいる恋人に思いを致すときに、屡々使う。
・江樓:川沿いの(旅館などの)建物。現代風にいうと、港町のホテル。
南陵道中
南陵の水面 漫 悠悠として、
風 緊(きつ)く 雲 輕(かろ)やかに 秋に變ぜんと欲す。
正(まさ)に是(こ)れ 客心 孤(ひと)り迥(はる)かなる處、
誰(た)が家の紅袖ぞ 江樓に凭(よ)るは。
蘆花深澤靜垂綸、月夕煙朝幾十春。
自説孤舟寒水畔、不曾逢着獨醒人。
贈漁父
老漁師に贈る。、世の大勢に順応することを説いた人に贈る。『楚辭』の「漁父」を踏まえている。世の大勢に順応することを説いた人。
1.蘆花深澤靜垂綸
蘆の花が深く茂っている澤で、靜かに釣り糸を垂れて。
・綸:ここでは、釣り糸の意。
2.月夕煙朝幾十春
月の出る夕方まで、もやの立ちこめる朝(の一日中)、幾十年の間。この何十年もの間ずうっと。
・幾十春:幾十年。
3.自説孤舟寒水畔
自ら云うことには、ぽつんとひとつだけあるこの舟で寒ざむしい川辺畔では。
・説:いう。現代語では普通「言う」は“説”を使う。
4.不曾逢着獨醒人。
今までに、屈原のような独り醒めた人には、出逢ったことがない。
・不曾:今まで…したことがない。
・逢着:出逢う。ほうちゃく。「着」は接尾辞。=逢著(ほうちゃく)。現代語でも、意味はやや異なってくるが、よく使う助辞。中国では、“着”を、台湾では“著”を多用する。
・獨醒人:上出の「衆人皆醉我獨醒」と言った屈原のこと。
漁父に贈る
蘆花深き澤に 靜かに綸(いと)を垂れ、
月ある夕 煙れる朝 幾十の春。
自ら説(い)ふ 孤舟 寒水の畔に、
曾て逢着せず 獨り醒むる人にと。