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  女性詩人たち 
雰囲気の柔らかい詩を書く詩人たち
 虞美人 王昭君  卓文君  劉細君  班u、  蔡炎  謝眺 上官婉兒  楊貴妃 薛濤  唐婉  魚玄機の詩  秋瑾
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1.東周 春秋 前 770〜前403戦国 〜前221
  孔子  孟子  屈原 伯夷 宋玉 荊軻 
呉越の戦い  西施ものがたり
2. 前221〜前206
 項籍(項羽) 虞美人
 前206 鴻門の会
 前漢 前202〜8
 王昭君 高祖(劉邦) 枚乘  東方朔  漢-武帝 (劉徹)  劉細君  李 陵 蘇武
3.新 8〜23
 卓文君  楊雄  班彪

後漢25〜220  184〜280
 李延年  張角  蔡邑  趙壹  禰衡  関羽  班u、 梁鴻

三国時代 
 武帝曹操 文帝曹丕 曹植 繁欽 蔡炎 繆襲
黄巾の乱
230頃 竹林の七賢
 応擧 阮籍  惠康  山濤  劉伶  阮咸  向秀  王戎  孫楚 張華 張協 潘岳 左思 陸機 陸雲 潘尼

4.五胡十六国 301頃〜439
 東晋 317〜420
 元帝 (東晋)   王羲之   陶淵明(陶潜) 僧肇
   420〜479 永明体
 謝霊運 顔 延之
 北魏386〜535
  鮑照  
    420〜479 永明体

  謝兆    任 ム  沈約  王融  蘇小小  孔稚珪  刑邵  斛律金  鍾エ
   502〜557
  蕭衍・梁武帝   范雲  何遜  王籍  陸垂  蕭陳  萸信  王褒  徐 陵

   557〜589
  陳後主  陰鏗


 581〜618
  楊 素  薛道衡  観徳王・楊雄

 ○ 初唐の詩人たち
  魏徴  上官儀  王勃  盧照鄰  駱賓王  劉廷芝・劉希夷 楊炯 陳子昴 上官婉兒  宋之問  沈栓期



 ○ 盛唐の詩人たち
 張若虚 包融 王翰 蘇廷 僧一行 張説 張九齢 賀知章 張旭 王之渙 孟浩然 李祈  楊貴妃 王維  李白 諸光羲 崔敏童 王昌齢 嚴武 高適 裴迪 荊叔 賈至 崔敏童 崔國輔 杜甫岑參 常建 張敬忠 崔惠童 樓穎 皎然 薛業 顔眞卿


 ○ 中唐の詩人たち
 張謂   錢起  靈一  朱放   劉長卿   戴叔倫  司空曙  楊巨源  耿夷   陸羽   顧況   盧綸   孟郊   武元衡  崔護  李賀 權コ輿  柳宗元 李益 元槇 白居易・白楽天 劉禹錫 韓愈 張継 張籍 韋應物  賈島  李紳  李渉・李渤   薛瑩   薛濤


 ○ 晩唐の詩人たち
  牛嬌  杜牧  張湖  許渾  李商隠  温庭均  陸龜蒙  皮日休  鄭畋  黄巣  劉綺莊  唐彦謙  趙瑕  陳陶  張喬  于武陵  高胼  聶夷中  曹松  魚玄機  杜荀鶴  羅隱  韋荘  秦韜玉  汪遵

五代十国 907〜960
 林逋  蘇舜欽  柳永  晏殊  欧陽脩  曾鞏  司馬光  王安石  蘇洵  富弼(ふひつ  蘇軾(蘇東坡)  蘇轍  宋江  孫覿  張元幹
南宋1127年 - 1279年
  岳飛  呂祖謙  張蝕  陸象山  朱熹(朱子)  陸游  唐婉  辛棄疾  戴復古  周密  陳亮      杜秉  張元幹  張孝祥  眞山民  楊萬里  劉克莊  文天祥  謝枋得

金  1115〜1234
元好問

元  1271〜
馬致遠

明  1368〜
  太祖・朱元璋  高 啓  于 謙  方孝孺  文 嘉  王陽明  海瑞  劉基

清・近現代 1644〜
 呉偉業  顧炎武  和申  洪秀全  譚嗣同  張之洞 黄遵憲  孫 文  梁啓超 秋 瑾  魯迅 老舎 毛沢東






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詩経
詩経の詩は、三百五篇(題は311)存在します。ほとんどが一句四字の四言詩です。五言詩、七言詩はもっと後世になって確立します。

 詩の内容から、
@各地の民謡を集めた「風(ふう)」
A 貴族や朝廷の公事・宴席などで奏した音楽の歌詞である「雅(が)」
B 朝廷の祭祀に用いた廟歌の歌詞である「頌(しょう)」
の3つに大別されます。





■上代の詩人
夏        前2205〜前1766
殷〔商]   前1766〜前1122
西周      前1020〜前770
    【詩】『詩經』雅・頌等
    前494〜前473  呉越の戦い
1.東周春秋前 770〜前403
 論語孔子(前551〜479)
   戦国         〜前221
 孟子もうし 前372〜前289
 屈原くつげん 前340〜前278
 伯夷 はくい   未詳
 宋玉 そうぎょく 未詳
 荊軻 けいか 未詳-前227 
 呉越の戦い  西施ものがたり
2. 前221〜前206
 皇帝 万里の長城増築
 項籍(項羽)前232〜前202]
 虞美人ぐびじん未詳〜前202
 前206 鴻門の会
 前漢 前202〜8
 王昭君   生没年未詳
 高祖(劉邦)前247〜前195
 枚乘ばいじよう前220-前140
 東方朔さく 前154年〜前92年
 漢-武帝 (劉徹)前156〜前87
 劉細君りゅう 生没年不明:
 李 陵りりょう未詳- 前74年
 蘇武 そぶ前140ころ〜前60
3.新 8〜23
 卓文君(たくぶんくん)未詳
 楊雄(ようゆう) B53〜A18
 班彪(はんひょう)A3〜54

後漢25〜220  184〜280
 李延年(生没年不詳)
 張角(ちょうかく)未詳〜184
 蔡邑(さいよう)132- 192)
 趙壹(ちょういち)卒年不詳
 禰衡(でい こう173年−199年
 関羽(かんう)(未詳〜219)
 班u、(はんしょうよ)未詳
 梁鴻(りょうこう)生没不明


三国時代 
 武帝曹操そうそう155〜220
 文帝曹丕(そうひ)187〜226
 曹植(そうしょく)192〜232
 繁欽(はんきん)  未詳
 蔡炎(さいえん)177 - 239
 繆襲(きょうしゅう)   186〜245

黄巾の乱
230頃 竹林の七賢
 3世紀の中国・魏(三国時代)の時代末期に、酒を飲んだり清談を行なったりと交遊した
 応擧(おうきょ)  190〜252
 1)阮籍(げんせき)210〜263
 2)惠康(けいこう)223〜262
 3)山濤(さんとう)205〜283
 4)劉伶りゅうれい)211〜300
 5)阮咸(げんかん)210〜263
 6)向秀しょうしゅう227〜272
 7)王戎おうじゅう 234〜305
 孫楚そん そ      未詳〜293
 張華ちょうか  232年 - 300年
 張協ちょうきょう 未詳〜307
 潘岳(はんがく247年〜300年
 左思 さし    250頃〜305頃
 陸機(りく き)261年 - 303年
 陸雲(りくうん262年 - 303年
 潘尼(はんに  約250〜約311

4.五胡十六国
     301頃〜439

 東晋 317〜420
 元帝 (東晋)276年 〜322年
 王羲之おうぎし  303〜361
 陶淵明(陶潜)  365〜427
 僧肇(そうじょう 374―414
   420〜479 永明体
 謝霊運しゃれいうん385〜433
 顔 延之(がんえんし384〜456
 北魏386〜535
  鮑照   ほうしょう  412 頃-466
   420〜479 永明体
竟陵八友:南斉の皇族、竟陵王蕭子良の西邸に集った文人
  B謝兆(しゃちょう)  464年 - 499
  鮑令暉 ほうれいこん生卒年不詳。
  F任 ム(じん ぼう) 460年 - 508
  A沈約(しんやく)  441年 - 513
  C王融 おうゆう   467年 - 493
  蘇小小 そしょうしょう    未詳
  孔稚珪   こうちけい 447〜501
  刑邵(けいしょう)    496〜561
  斛律金(こくりつきん) 488年 - 567
  鍾エ(しょうえい)    469〜518
   502〜557
  @蕭衍(えん)梁武帝 464〜549
  E范雲 はんうん   451年 - 503
  何遜(かそん)       未詳〜518
  王籍 おうせき     502〜519
  G陸垂(りくすい)      未詳
  D蕭陳(しょうちん)    未詳
  萸信(ゆしん)      513年- 581
  王褒(おうほう)     513〜576
  徐 陵(じょ りょう)  507年 - 583

   557〜589
  陳後主(ちんこうしゅ)582年 - 589
  陰鏗(いんけん)  (未詳未詳)

隋が中国全土統一
 581〜618
  楊 素(よう そ   未詳- 606年
  薛道衡(せつどうこう540年 - 609
  観徳王・楊雄(よう ゆう542 - 612

初唐 618〜712 
 初唐の詩人たち
 魏徴ぎちょう    580年 - 643年
 上官儀 じょうかんぎ608 - 665年
 王勃  おうぼつ @ 650年 - 676年
 盧照鄰 ろしょうりんB  生没年未詳。
 駱賓王 らくひんおうC640 - 684年頃
 劉廷芝(りゅうていし
 (劉希夷)・りゅうきい)651年- 679年
 楊炯 ようけい A生年不詳−692年
 陳子昴(ちんすこう) 661年 - 702年
 上官婉兒じょうかんえんじ664年 - 710
 宋之問 そうしもん   652〜712
 沈栓期 しんせんき 656頃 - 716頃
盛唐 713〜765 
盛唐の詩人たち
張若虚ちょうじゃくきょ  未詳 〜 711
包融 ほうゆう       生没年未詳。
王翰 おうかん     687年 - 726年
蘇廷 そてい      670年 - 727年
僧一行そう いちぎょう  683〜727)
張説 ちょうえつ   667年 - 730年
張九齢 ちょうきゅうれい678 - 740年
賀知章がちしょう   659年 - 744年
張旭  ちょうぎょく   生没年未詳。
王之渙おうしかん  688年- 742年
孟浩然 もうこうねん 689年 - 740年
李祈  りき       690 〜 751年
崔 (saikou)      704 - 754年
安史の乱
あんしのらん755年―763年
楊貴妃ようきひ    719年 - 756年
王維おうい 699 - 761
 王維ものがたり 終南別業
 李白 りはく    701年 - 762年
 諸光羲 こうぎ  706年〜763年
 崔敏童さいびんどう  生没年不詳
 王昌齢おうしょうれい 698 - 765年頃
 嚴武 げんぶ    生年不詳〜765年
 高適 (こうせき)  702年頃〜765年
 裴迪 (はいてき)生没年不詳
 荊叔 ぜんしゅく   生没年未詳。
 賈至 (かし)    718年〜772年
 崔敏童さいびんどう  生没年不詳。
 崔國輔さいこくほ   708年〜不詳。
 杜甫  712年 - 770年
 杜甫ものがたり 杜甫アウトライン
 岑參(しんじん)    715年 - 770年
 常建じょうけん    708年〜不詳。
 張敬忠ちょうけいちゅう生没年不詳。
 崔惠童さいけいどう  750〜800年頃
 樓穎 ろうえい760    生没年不詳
 皎然 こうぜん      生没年不詳。
 薛業(へいぎょう)  生没年不詳。
 顔眞卿 がんしんけい 709 - 785年


中唐 766〜826
 張謂   いちょう 721年   〜780年
 錢起   せんき722年〜780年
 靈一   れいいち
 朱放   (しつほう)
 劉長卿 りゅうちょうけい709?〜785?
 戴叔倫(たいしゅくりん)732年〜789年
 司空曙(しくうしょ)   未詳〜790
 楊巨源(ようきょげん)(770−未詳)
 耿夷 こうい763      未詳〜未詳
 陸羽 (りくう)〜804
 顧況(こ きょう)725年 - 814年?
 盧綸  ろりん  748年〜800年
 孟郊 (もうこう)    751年 - 814年
 武元衡  ぶげんこう 758〜815
 崔護(さいご)     未詳
 李賀    りが      790〜816
 權コ輿 ごんとくこう   759-818
 柳宗元A りゅうそうげん 773〜819
 李益   りえつ  748年 - 827年頃)
 元槇(げんしん)     779〜831
 白居易・白楽天はくらくてん772〜846 
 劉禹錫 りゅううしゃく 772年〜842年
 韓愈   @かんゆ  768年〜824年
 張継   ちょうけい    生没年不詳
 張籍   しょうせき 768年〜830年
 韋應物 いおうぶつ   735〜835
 賈島   かとう   779年〜843年
 李紳   りしん   780年〜846年
 李渉李渤 りしょう     (773〜831)
 薛瑩(へいえい)  未詳
 薛濤(せつ とう)768年 - 831年
晩唐827〜906 
 晩唐の詩人たち
 牛嬌 ぎゅうきょう  生没年不詳
 杜牧 とぼく       803〜852
 張湖(ちょうこ)  792〜852
 許渾 きょこん  791年〜854年
 李商隠(りしょういん)812〜858
 温庭均(おんていいん)812〜872
 陸龜蒙りくきもう   未詳〜881年
 皮 日休 ひじつきゅう830年代 - 883年
 鄭畋(ていでん)825〜883
 黄巣 (こうそう)   未詳〜884
 劉綺莊 りゅうきそう   生没年不詳
 唐彦謙 とうげんけん 
 趙瑕   ちょうか
 陳陶      812年頃〜885年頃
 張喬(ちょうきょう)   生没年不詳
 于武陵〔うぶりょう)   810- 未詳
 高胼 (こうべん)    821〜887
 聶夷中(じょういちゅう)837〜884
 曹松  そうしょう   830−901
 魚玄機      844ころ〜871ころ
 杜荀鶴(としゅんかく)846〜904年
 羅隱(らいん)833年〜909年
 韋荘 (いそう)       836〜910
 秦韜玉(しんたいぎょく) 882 〜 未詳
 汪遵 (おうじゅん)     生没年不

五代十国 907〜960
 
 林逋 りんぽ    967年 - 1028年
 蘇舜欽そ しゅんきん1008年 - 1048年
 柳永 りゅうえい   987年〜1053年
 晏殊  あんしゅう  991〜1055
 欧陽脩おうようしゅうB 1007〜1072
 曾鞏 そうきょう   F 1019〜1083
 司馬光  しばこう    1019〜1086
 王安石 おうあんせきG1021〜1086
 蘇洵 そじゅん C 1009〜1066
 富弼(ふひつ     未詳〜1083
 蘇軾(蘇東坡)そとうばD 1036〜1101
 蘇轍 そてつ  E  1039〜1112
 宋江 そうこう       生没年不詳
 孫覿 そんてき  1081年〜1169年
 張元幹 ちょうげんかん 1091〜不明


南宋1127年 - 1279年
 岳飛 がくひ     1103〜1141
 呂祖謙 りょそけん  1137〜1181
 張蝕(ちょうしょく 1133年 - 1180年
 陸象山 りくしょざん 1139〜1192
 朱熹(朱子)しゅき 1130年〜1200年
 陸游 りくゆう      1125〜1209
 唐婉     とうえん
 辛棄疾 しんきしつ 1140年〜1207年
 戴復古 たいふくこ1167〜(没年不詳)
 周密(しゅうみつ)
 陳亮 ちんりょう    1143〜1194
      杜秉(とへい)
 張元幹ちょうげんかん1091年〜不明
 張孝祥 ちょうこうしょう1132〜1169
 眞山民 しんさんみん  1274頃
 楊萬里 ようばんり 1127〜1206
 劉克莊 りゅうこつそう 1187〜1269
 文天祥 ぶんてんしょう 1236〜1282
 謝枋得 しゃぼうとく 1226〜1289

金  1115〜1234

元好問 げんこうもん 1190〜1257


元  1271〜
馬致遠 まあちえん 生没年未詳。


明  1368〜
太祖・朱元璋しゅげんしょう1328- 1398
高 啓  こうけい)1336 - 1374年
于 謙  (うけん)1398 - 1457
方孝孺ほうこうじゅ1357年 - 1402年
文 嘉 ぶんか 1501 - 1583
王陽明 おうようめい 1472 - 1529
海瑞 かいずい 1514 - 1587
劉基 りゅうき  1311 - 1375


清・近現代 1644〜
呉偉業ごいぎょう1609 - 1671
顧炎武こえんぶ1613 - 1682
和申 かしん 1613 - 1682
洪秀全 こうしゅうぜん1814 - 1864
譚嗣同 たんしどう  1865 -1898
張之洞 ちょうしどう 1837 - 1909
黄遵憲こうじゅんけん1848 - 1905
孫 文 そんぶん   1866 - 1925
梁啓超 りょうけいちょう 1873 - 1929

秋 瑾  しゅうきん  1875 - 1907
魯 迅  ろじん    1881 - 1936
老 舎  ろうしゃ    1899 - 1966
毛沢東 もうたくとう  1893 - 1976


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上代・隋 時代の詩人

上代・漢の詩人




          〜前1766 
夏           前2205〜前1766
殷〔商〕     前1766〜前1122 【詩】『詩經』雅・頌等
西 周        前1020〜前 770

■ 東周春秋戦国 前770〜前221
ID 詩人名  / 事項 よみかな 作品名
【詩】『詩經』雅・頌等
管仲・鮑叔  「詩経」
  01 孔子   (前551〜479)
 本名は孔丘。字は仲尼。魯の昌平郷陬邑の人。父母は不詳。『史記』によると、父は叔梁?、母は顔氏。魯に仕え、委吏・司職吏を歴任した。南宮敬叔の推薦で周の都に赴き、礼について学んだ。このとき老子と対談したともいう。 論語
  02 孟子
前372年 -前289
 本名は孟軻。字は子輿、または子車、子居ともいう。鄒の人。子思の門人に学び、孔子の学問をきわめた。  
  03 屈原 (くつげん) 前340頃〜前278
中国、戦国時代の楚(そ)の政治家・詩人。名は平。原は字(あざな)。楚の王族に生まれ、懐王に仕え内政・外交に活躍したが、汨羅(べきら)に身を投じたという。 「楚辞」に約20編
の詩がある。「離
騒」「九歌」「天問」
「九章」
  04 伯夷 (はくい)   未詳
伯夷・叔斉  孤竹国の王子。伯夷は父の意を察して弟の叔斉に譲位して出奔した。民衆の存在を無視した行為はあったが、孔子・孟子・司馬遷らからは至徳の賢人として絶賛された。 采薇歌
  05 宋玉 (そうぎょく)   未詳
中国、戦国時代、楚(そ)の文人。楚王に仕え、のち落魄の生涯を送ったといわれるが、生没年・伝記ともに未詳。屈原の弟子とされる。 「九弁」(「楚辞章
句」所収)「高唐
賦」「神女賦」「対
楚王問」
  06 荊軻 (けいか) (  未詳-前227)
 中国、戦国時代の刺客。衛の人。燕(えん)の太子丹の命で、秦の亡命将軍樊於期(はんおき)の首と燕の地図を携えて秦の都咸陽に赴き、秦始皇帝の暗殺をはかったが失敗して殺された。 易水歌
 呉越の戦い    西施ものがたり





■  秦 前漢  
秦    前221〜前206   始皇帝   万里の長城増築
鴻門の会: 前206年
 咸陽占領に関して項羽と劉邦の咸陽城外講和会議。懐王はかって咸陽を陥落させた者を関中王とすると宣していた。咸陽を開城させた劉邦は項羽の接近に対して関門を閉じた。交戦直前、張良・項伯の周旋で鴻門での和睦となる。途中、項羽の軍師の范増は劉邦暗殺を謀ったが、項伯・樊?・張良の機転で果たせず、散会後に項羽を「豎子、ともに図るに足りず」と罵り、これが後の項羽と范増の不和の最初になった。
10
 
項籍(項羽)  (こうそく・こうう) 前232〜前202
中国、秦末の武将。宿遷(江蘇省)の人。名は籍。叔父項梁とともに兵を挙げ、漢の高祖(劉邦)と協力して秦を倒し、楚王となった。のち、劉邦と天下を争うが、垓下(がいか)の戦いに敗れ、烏江(うこう)で自殺。謡曲。五番目物。唐の烏江の野辺の草刈り男の前に、項羽の霊が現れ、回向を頼み、激戦の模様を語る。 垓下歌
11 虞美人 (ぐびじん) 未詳〜前202
秦末から楚漢戦争期の女性。項羽の愛人。正確な名前ははっきりしておらず、「虞」は姓である(『漢書』)とも名である(『史記』)ともいわれ、「美人」も後宮での役職名であるともその容姿を表現したものであるともいわれる。 虞美人歌 (漢兵
已略地)
前漢  前202〜 8   前154 呉蘇七国の乱
12 王昭君   生没年未詳
中国、前漢の元帝の宮女。名は(しょう)。昭君は字(あざな)。のちに明妃(めいひ)・明君ともよばれる。匈奴との和親政策のため呼韓邪単于に嫁がせられた。その哀話は、戯曲「漢宮秋」などや、人物画「明妃出塞図」の題材となった。    王昭君ものがたり 昭君怨 王昭君
13 高祖(劉邦)  (こうそ・りゅうほう) 前247〜前195
前漢の初代皇帝。在位、前206〜前195。字(あざな)は季。廟号(びょうごう)は高祖。沛(はい)県(江蘇省)の人。始皇帝没後の前209年、陳勝・呉広の乱を機に挙兵。前202年、項羽を垓下の戦いに破って天下を統一、長安を都として漢朝を創始 大風歌
14 枚乘( ばいじよう ).   220-前140
枚乘 ( ばいじよう ). 枚乗(?-前140)。漢の時代、淮陰(わいいん=現在の江蘇省淮陰県東南)の人。字(あざな)は叔。初め呉王劉助Aに仕え、上書して諌めたが納れられず、 去って孝王劉武に仕えた  
15 東方朔  (とうほう さく) 前154- 前92年
東方 朔(とうほう さく、紀元前154年 -紀元前92年)は、前漢・武帝時代の政治家。字は曼倩。平原郡厭次県(現在の山東省陵県神頭鎮、もしくは山東省恵民県)の人。後の歴史書などには、彼の知略知己に富む様子がしだいに神格化され始め、ついには下界に住む仙人のように描かれることとなった。詩仙として有名な李白は彼のことを「世人不識東方朔、大?金門是謫仙」といって彼を褒め称えた。  
16 漢-武帝(劉徹)  りゅうてつ 前156〜前87
前漢第7代の皇帝。在位、前141〜前87。廟号(びょうごう)、世宗。名は劉徹。高祖劉邦の曾孫。儒教を公認し、中央集権体制を強化。外征を行って領域を拡大し、東西交渉を盛んにした。 秋風辭
17 劉細君  (りゅうさいくん ) 生没年不明:
 字:前漢・武帝の時の江都王・劉建の娘。前105年、公主として西域の烏孫国(天山山脈の北)の王に嫁がされ、「悲愁歌」を作って身の悲しさを述べた。烏孫公主とも言う。王昭君の事と共に有名。 悲愁歌
18 李 陵  (りりょう) 未詳- 前74年
中国前漢代の軍人。匈奴を相手に勇戦しながら敵に寝返ったと誤解された悲運の将軍。司馬遷が宮刑に処される原因を作った人物である。字は少卿。 與蘇武詩 別歌 
與蘇武詩其二 ;詠
懷詩 其十
19 蘇武  (そぶ) 前140〜前60
中国、前漢の武将。杜陵(とりょう)(陝西(せんせい)省)の人。字(あざな)は子卿(しけい)。匈奴(きょうど)に使節として行き、19年間抑留されたが、節を守りとおして帰国した。 詩(留別妻一首) 
  留別妻一首  
別詩



 ;   8〜23
新(8年 - 23年)…外戚の王莽が前漢皇帝から帝位を簒奪し建国。
ID 詩人名  / 事項 よみかな 作品名
21 卓文君 (たくぶんくん) 未詳
前漢の蜀(しよく)の富豪の娘。文人の司馬相如(しようじよ)と知り合い、成都に駆け落ちして辛苦をともにした。のち相如が心変わりした際、「白頭吟」を作って決別の意を示した。後世、戯曲などの題材とされる。 白頭吟(皚如山上
雪)
22 楊雄 (ようゆう) 前53〜 18年
 蜀郡成都の出身。字は子雲。40余歳で上京して大司馬王音に文才を認められ、成帝に招されて黄門侍郎とされた。司馬相如の賦を尊崇して自身も名手と謳われたが、やがて文学を捨てて修学して多くの著作を行ない、『楊子法言』は『論語』に、『太玄経』は『易経』に倣って作られた。好学博識だが吃音で論・議を好まず、言説に対する批判には著述で応じた。王莽の簒奪後、門弟が符命の禁を破ったために自殺を図って果たせず、不問とされて大夫に直された。  
23 班彪 (はんひょう)  A3〜54
 扶風郡安陵(陝西省咸陽市区)の出身。字は叔皮。名儒として知られ、王莽の敗死で長安が混乱すると安定に移ったが、隗囂に失望して竇融の幕下に加わると師友の礼を執られ、その章奏は光武帝からも嘉された。『史記』の欠を補うと称して『史記後伝』数十篇を著し、未完に終わったこの書は、後の『漢書』の基礎となった。班彪(はん ひょう、3年 -54年)、字は叔皮。後漢の歴史家。祖父の班况は成帝の時代に越騎校尉に任じられて、父である班稚は哀帝の時代広平太守に任じられた。また子に班固、班超、班昭がいる。
班彪は扶風安陵(現在の陝西省咸陽市)の儒家の子として生まれる。前漢末に戦火を避け竇融の庇護を受けていた。その後光武帝による後漢政権建設に功績があったことから徐県令に任じられた。しかし間もなく病気を理由に官を辞し、その後は『史記』の補充を行い『史記後伝』65編を編集、後に子である班固による『漢書』成立の基礎を築いた。『後漢書』に列伝が掲載されている。
 




■ 後漢
 後漢(ごかん、25年 - 220年)は中国の王朝。漢王朝の皇族劉秀(光武帝)が、王莽に滅ぼされた漢を再興して立てた。都は洛陽(当時は?陽と称した。ただし後漢最末期には長安・許昌へと遷都)。五代の後漢と紛らわしいので、現在では東漢と言うことが多くなってきた(この場合、長安に都した前漢を西漢という)。
ID 詩人名  / 事項 よみかな 作品名

 後漢  25〜220
31 李延年(りえんねん)  (生没年不詳)
前漢の人。漢の武帝に仕えた楽人。妹は武帝の寵姫李夫人だが彼女の死後李延年への寵愛も衰え、武帝は李延年や兄弟、宗族を誅殺した。 歌(北方有佳
人)
 黄巾の乱 184 〜 185頃
  三国志の歴史が幕開けしたきっかけは、中平元年(184)に突如勃発した黄巾の乱でした。約四百年あまりもの長きにわたり中国の大地を支配してきた漢王朝、しかしこの時代には、宦官による専制政治、民衆に課せられる重税、加えて旱魃(かんばつ)・疫病・凶作といった天変地異が重なって、民衆は苦しみのどん底をさまよっていました。

 太平道の教祖・張角は、ここに目を付け、各地の流民を呼び集めて黄巾賊を結成しました。「蒼天すでに死し、黄天まさに立つべし」、後漢王朝の時代は終わり今こそ我ら民衆が立ち上がる時だ、張角はこう主張したのです。このスローガンは苦悩の日々を過ごしてきた民衆の間で爆発的なヒットとなり、中国各地で黄巾の乱が勃発。瞬く間に巨大な勢力になっていきました。

  後漢打倒のために立ち上がった黄巾賊、しかしながら、彼等の当初の目的はいつの間にか消え失せていったのです。気が付けば、彼等は各地の町村を襲って強盗略奪を繰り返す暴徒となっていました。人々は更なる事態の悪化に混乱をきたし、中国の大地に大いなる暗雲が垂れ込んだのです。
32 張角(ちょうかく)  〜184
中国、後漢末の道士。鉅鹿(きょろく)(河北省)の人。太平道の教祖で冀州鉅鹿(現在の河北省平郷県)の人。黄老の道を説いて太平道を創始。184年、数十万の信徒を従えて黄巾(こうきん)の乱を起こしたが、病没。張角らの一党は「黄天」すなわち黄色をイメージカラーとし、黄色い布を頭に巻きつけた為「黄巾賊」と呼ばれた。張角が起こした反乱を「黄巾の乱」と呼ぶのはこれが由縁である。 蒼天已死
33 蔡邑(さいよう)  (132 -192)
後漢代の政治家、儒者、書家。清廉潔白な人物で、宦官に嫌われて官職を追われたこともある。董卓が後漢王朝の実権を掌握したとき、董卓に気に入られ侍御史治中、尚書、侍中、左中郎将と異例の昇進をした。彼は歴史家でもあり、後世に評価される史書をいくつも書き残している。王允が董卓を誅殺したとき、その死を惜しんだため、それを怒った王允によって殺害されたという。 ・翠鳥 諸葛亮&
#160;・梁甫の
吟 馬良&#
160;・白眉
34 趙壹(ちょういち)  卒年不詳
趙壹(生卒年不詳)字元叔,主要事迹見於漢靈帝年間(168年一189年),東漢漢陽郡西縣人(今山西省禮縣大堡子山東)。中國辭賦家、書法評論家。其代表作《刺世疾邪賦》直抒胸臆,對後世賦體的風格有很大影響  
35 禰衡(でい こう、;ねい こう)  173−199年
禰 衡(でい こう、あるいは「ねいこう」とも、173年−199年)は、中国後漢末期の人。字は正平。平原の人。  




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