李白62客中行
李白56客中行 李白57夜下征虜亭 李白58春怨 李白59陌上贈美人
李白56客中行
客中行
蘭陵美酒鬱金香,玉碗盛來琥珀光。
但使主人能醉客,不知何處是他ク。
蘭陵産の美酒に鬱金(ウッコン)香を浸したお酒を玉杯にいっぱいにそそぐとコハク色に輝く。
ただご主人が客人を充分に酔わしてしまうようにさえすればどこが異郷かわかりはしないさ。
客中行
「旅先での歌」の意。「客中作」ともする。 ・客:よその地を旅すること。異客となること。 ・中:…をしている時、中。 ・行:歌行。詩歌。「…行」は楽府に付く「詩・歌」の意。
蘭陵美酒鬱金香,玉碗盛來琥珀光。
蘭陵産の美酒に鬱金(ウッコン)香を浸したお酒を玉杯にいっぱいにそそぐとコハク色に輝く。
蘭、金、玉、琥珀、。美、香、来、光。それぞれの語が絡み合って句と聯を計成する。美しい響きを持つ聯に仕上げ、五感でよませる聯にしている。 ・蘭陵:地名。山東省?県のお酒の産地。荀子の墓もある。 ・鬱金香 ミョウガ科の多年草(鬱金の香)香草の名。酒に浸して、色や香を附けるために使う。・玉碗:玉(ぎょく)で出来たさかづき。玉杯。「玉杯」としないのは、容器の大小、深浅の差異もある。また、発音上のリズム感にも因る。・盛:(器に)もる、盛り上げたから光り輝きが増すことになる。 ・−來…てきた。 ・琥珀 コハク宝石の一つ。透き通った黄色みを帯びた茶色系の宝石。女性のブローチ・ブレスレットなどの材料にも使われている。 ・琥珀光:コハク色に輝く酒。鬱金香を酒に浸したためついた色。
但使主人能醉客、不知何處是他ク。
ただご主人が客人を充分に酔わしてしまうようにさえすればどこが異郷かわかりはしないさ。
・但使:ただ…しさえすれば。ただ…のようにさせれば。「ただ…しさえすれば」という或る条件を満たすようにさえすれば、次のような結果が出る、という表現の語。 ・主人:もてなす側の人。「客」に対する語。・能:よく。あたう。できる。可能を表す。 ・醉客:客(李白)を酔わせる。 ・不知:分からない。 ・何處:どこ。 ・他ク:異郷。よその地。「故郷」に対する語。
「但使主人能醉客,不知何處是他ク。」主人側が充分に酔っぱらわせてくれたならば、(酔っぱらった結果、)一体どこが異郷であるのか、忘れて分からなくなることだろう。
旅の空、こんなにおいしいお酒、琥珀色をした酒は身も心潤してくれる。旅の恥はかき捨てベロベロになるまで酔わせくれ・・・・・・と。
客中行
蘭陵の 美酒 鬱金香,
玉碗 盛り來る 琥珀の光。
但だ 主人をして 能く客を醉はしめば,
知らず 何(いづ)れの處か 是れ 他クなるを。
李白57夜下征虜亭
夜下征虜亭
船下廣陵去、月明征虜亭。
山花如綉頬、江火似流螢。
船は長江を下って広陵にむかってゆく。月が明るく岸の上の征虜亨を照らしている。岸の花は、紅をさした頬のよう。 江上の漁火は、流れる螢を思わせる。
船下廣陵去、月明征虜亭。
船は長江を下って広陵にむかってゆく。月が明るく岸の上の征虜亨を照らしている。
○征虜亭 いまの江蘇省南京市にあった。晋の太元年問に、征虜将軍の謝安がこの亭を建てた。 ○広陵 いまの江蘇省江都県。揚州市に近い。
山花如綉頬、江火似流螢。
岸の花は、紅をさした頬のよう。 江上の漁火は、流れる螢を思わせる。
○綉頬 化粧した顔。綉は繍と同じく、色糸のぬいとり。 ○江火 江上に見える。船の火、漁火。
夜 征虜亭を下る
船は広陵に下りて去り、月は明らかなり 征虜亭。
山花 綉頬の如く、江火 流螢に似る。
李白58春怨
春怨
白馬金羈遼海東、羅帷?被臥春風。
落月低軒窺燭盡、飛花入?笑床空。
白い馬にまたがり、金の手綱を握りしめた夫は、遼海の東へ出征している。うすぎぬの帳のなかで、刺繍で飾った布団をかけているところに、春風が吹いてきた。
しずみかけた月が軒端より低い空から、ともしびの燃えつきた部屋の中をのぞきこむ。飛びちる花びらが家の中へ入ってきて、寝床がからっぽなのをあざわらう。
白馬金羈遼海東、羅帷?被臥春風。
白い馬にまたがり、金の手綱を握りしめた夫は、遼海の東へ出征している。うすぎぬの帳のなかで、刺繍で飾った布団をかけているところに、春風が吹いてきた。
○白馬金羈 金をよりこんだ白い手綱。若い貴族の出征。 ○遼海 現在の遼寧省。南満州。○羅帷 うすぎぬのとばり。○?被 刺繍で飾ったかけ布団。
落月低軒窺燭盡、飛花入?笑床空。
しずみかけた月が軒端より低い空から、ともしびの燃えつきた部屋の中をのぞきこむ。飛びちる花びらが家の中へ入ってきて、寝床がからっぽなのをあざわらう。
○落月 沈みかけた月。沈みかけた月は性を連想させる。 ○燭 ともしび。 ○飛花 春満開の花びらが舞い散っている。
宴も開かれて世間は賑やかにしている。貴族の妻妾について詠っている。
出征した夫の妻が夫を心配して悶々としている雰囲気は全く感じられない。唐時代に流行した詩は、「出征した夫は私のことを思い出して、涙しているだろう。」というものだった。ここで取り上げた詩は、李白の芸術的な題材のとらえ方であった。
白馬 金羈(きんき)遼海の東、 羅帷(らい)?被(しゅうひ)春風に臥す。
落月 軒に低(たれ)て 燭の盡くるを窺(うかがい)。 飛花 ?に入って 床の空しきを笑う。
李白59陌上贈美人
陌上贈美人
駿馬驕行踏落花。 垂鞭直拂五雲車。
美人一笑?珠箔。 遙指紅樓是妾家。
元気な馬はいきりたって行き、散り落ちる花をふみしだく。馬上の少年はむちを垂らし、すれちがう美しい五雲の馬車をさっと打ち払った。
車の中の美人はにっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家なのよ。
陌上贈美人
大通りで出会った美人に送る詩
○陌 大道。
駿馬驕行踏落花。 垂鞭直拂五雲車。
元気な馬はいきりたって行き、散り落ちる花をふみしだく。馬上の少年はむちを垂らし、すれちがう美しい五雲の馬車をさっと打ち払った。
○駿馬 元気なりっはな馬。 ○驕 馬がいきりたって、人のいうことをきかない。散った花をしばらくそのままにして楽しむのが風流とされる。王維「田園楽」にみえる。〇五雲車 伝説では、五色の雲で出来た仙人の乗る馬車。
美人一笑?珠箔。 遙指紅樓是妾家。
車の中の美人はにっこり笑い、真珠のすだれをまくりあげ、はるかむこうの紅い楼閣をゆびさして、あれがわたしの家なのよ。
○? まくりあげる。○珠箔 真珠のすだれ。 ○紅楼 朱塗の高殿。 ○妾 女の一人称。
少年は李白である。少年は若い男性を言う。
駿馬驕(おごり)行いて、落花を踏む。鞭を垂れて直ちに拂う、五雲の車。
美人一笑 珠箔を?げ、 遙かに紅樓を指す 是れ妾が家と。
李白60謝公亭
謝公亭
謝公離別處。 風景?生愁。
客散青天月。 山空碧水流。
池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
今古一相接。 長歌懷舊游。
謝公亭は 別れの場所で知られたところ、辺りの風景は いつも哀愁を感じさせる。
人々が 散りぢりになった後青い夜空には月だけが輝き、人気の無い山中には 青い水だけが流れる。
池のほとりの花は 日光を受けて明るく映え、窓辺の竹は 秋には夜風を受けてさらさらと鳴る。
ここ謝公亭においてこそ 現在と過去とは一緒に結ばれている、緩やかな調べで歌いつつ 在りし日の交遊のさまを偲ぶのだ
謝亭離別處。 風景?生愁。
謝公亭は 別れの場所で知られたところ、
辺りの風景は いつも哀愁を感じさせる
○謝公亭 安徽省宣城県の郊外にあった。李白の敬愛する六朝の詩人、謝?むかし宜州の長官であったとき建てた。苑雲という人が湖南省零陵県の内史となって行ったとき、謝?は出来たばかりの亭で送別し、詩を作っている。
客散青天月。 山空碧水流。
人々が 散りぢりになった後青い夜空には月だけが輝き
人気の無い山中には 青い水だけが流れる
池花春映日。 窗竹夜鳴秋。
池のほとりの花は 日光を受けて明るく映え
窓辺の竹は 秋には夜風を受けてさらさらと鳴る
今古一相接。 長歌懷舊游。
ここ謝公亭においてこそ 現在と過去とは一緒に結ばれている
緩やかな調べで歌いつつ 在りし日の交遊のさまを偲ぶのだ
○舊游 謝?の時代の交友のありさまを言う。苑雲との交流を意識している。
李白は尊敬しある時はその詩を模倣もした謝?ゆかりの亭に来た。昼間は多くの人がここで別れた。出征前のひと時を過ごしたのか。同じ景色を愛でても後にはその景色だけが残っている。別れの悲しみを月、清い水、花、窓辺を静かに詠っている。別れを悲しみだけで詠わない李白、自慢の形式である。
謝亭 離別の處、 風景 ?(つね)に愁を生ず。
客は散ず 青天の月、 山 空しくして碧水 流れる。
池花 春 日に映じ、 窗竹 夜 秋に鳴る。
今古 ひとえに相接する、長歌して舊游を懷う。