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寄東魯二稚子 李白47


李白47寄東魯二稚子
 紫陽の弟子では、元丹邱の血縁だろうと思われる元演がいる。李白が元演とも交ったことは「冬夜隋州の紫陽先生の?霞楼に於いて烟子元演の仙城山に隠れるに送る 序」に見られる。
この詩の中で元丹邱は霞子と呼ばれている。これによっても丹邱は金丹にからんでいると考えられる。
道教は老荘思想に基づいている。李白は「竹林の七賢」を模して、これらの道士以外、あるいは道士を目指していたかもしれないが、山東での交友を「竹渓の六逸」と称して遊んでいる。ちなみに李白・孔巣父・韓準・裴政(ひせい)・張叔明・白陶?(はくとうべん)の六名である。しかし、この交友関係は後に、呉?、玉真公主等を通じて宮廷への推薦となっていくのである。
山東は、四川の彰明とともに、李白の故郷となっている処である。四川は生まれ育った故郷であるが、山東、趙郡には李氏の一族が多く、李白にとって居心地のいいところで、永く住むことになったのだ。

後に孔巣父らに杜甫も加わって遊んでいる。杜甫も李白を山東の人と思っていただろう。李白は、ここで一婦人を娶って、一男を授かっている。彼は許圉師の孫女を娶って離縁し、劉氏を娶り、ここに於いて三度娶っている。
ここで李白の珍しい家族のことを詠った詩を見てみよう。後に金陵での作とされる「東魯の二稚子に寄せる」である。


寄東魯二稚子 在金陵作
呉地桑葉香B 呉蠶已三眠。
我家寄東魯。 誰種龜陰田。
春事已不及。 江行復茫然。』
南風吹歸心。 飛墮酒樓前。
樓東一株桃。 枝葉拂青煙。
此樹我所種。 別來向三年。
桃今與樓齊。 我行尚未旋。』
嬌女字平陽。 折花倚桃邊。
折花不見我。 涙下如流泉。』
小兒名伯禽。 與姉亦齊肩。
雙行桃樹下。 撫背復誰憐。』
念此失次第。 肝腸日憂煎。
裂素寫遠意。 因之文陽川。』

呉の地では桑の葉が緑あざやか、呉の蚕はもう三眠の時期に入った。
わが家、東魯におもいを寄せる、誰か亀陰の田に植え付けをするのか。
春の農事はもう手おくれだろう、江の旅もはるかな道のりで途方にくれる。』
ああ、南から風が吹く、風が故郷に帰りたい心を吹き流し、心が飛んで行ったところは居酒屋の前だ。
楼の東には 一株の桃の木がある、枝葉は茂って、その上に、青い靄がかかっている。
この桃樹は私が種えたものだ、この木に別れて、三年になろうとしている。
桃はいま楼の高さと同じようになっている。私の旅は今なお、かえらないでいる。』
やんちゃな娘の名前は平陽という。花の枝を折りとったものの桃の木によりそっている。
花を折りとったとしても私を見られないし、涙を流れる泉のようにながす。』
男の子名は伯禽、姐(あね)ともう肩を並べる高さになっている。
ならんで歩いて行く桃樹の下、二人の背中をいったい誰が撫でてやれるのだろう。』
こんなことを思いやると気持ちが萎えてきて、物事の順序がわからなくなり、肝臓も腸も毎日毎日、憂いに煮えたぎる。
白絹を裂いて遠く離れている父の気持ちを書きしるし故郷の?陽川の流れに手紙を託そう。』


寄東魯二稚子
東魯の二稚子に寄せる
○東魯 現山東省。李白が玄宗に召されて長安に上る前、都合十年以上拠点として住んでいたうち、任城(現済寧)残した家族に旅先から子供に寄せてこの詩を作った。○稚子 幼い子供。

呉地桑葉香A呉蠶已三眠
呉の地では桑の葉が緑あざやか、呉の蚕はもう三眠の時期に入った。
○呉 江蘇省。李白は今ここにいる。○三眠 カイコは前後4回の休眠を経て、脱皮して成長し、繭を作る。その3回目の休眠を示す。

我家寄東魯、誰種龜陰田。 
わが家、東魯におもいを寄せる、誰か亀陰の田に植え付けをするのか。
○龜陰 亀山の北。亀山は山東省新泰県の南西にあり、済寧とは近い。ここでは広い意味に魯の全体を示す。

春事已不及。 江行復茫然。 
春の農事はもう手おくれだろう、江の旅もはるかな道のりで途方にくれる。
○春事 春の農事。○江行 水の旅 ○茫然 はるかぼんやりして途方にくれるさま。

南風吹歸心、飛墮酒樓前。 
ああ、南から風が吹く、風が故郷に帰りたい心を吹き流し、心が飛んで行ったところは居酒屋の前だ。
○酒楼 居酒屋。

樓東一株桃、枝葉拂青煙。 
楼の東には 一株の桃の木がある、枝葉は茂って、その上に、青い靄がかかっている。 
○青煙 青い霞

此樹我所種、別來向三年。 
この桃樹は私が種えたものだ、この木に別れて、三年になろうとしている。

桃今與樓齊。 我行尚未旋。 
桃はいま楼の高さと同じようになっている。私の旅は今なお 帰らないでいる。

嬌女字平陽、折花倚桃邊。
やんちゃな娘の名前は平陽という。花の枝を折りとったものの桃の木によりそっている。
○嬌女 やんちゃなむすめ。
折花倚桃邊 。

折花不見我。 涙下如流泉。
花を折りとったとしても私を見られないし、涙を流れる泉のようにながす。

小兒名伯禽。 與姐亦齊肩。
男の子名は伯禽、姐(あね)ともう肩を並べる高さになっている。意味からは姐であるが、読みは姉(シ)である

雙行桃樹下。 撫背復誰憐。
ならんで歩いて行く桃樹の下、二人の背中をいったい誰が撫でてやれるのだろう。

念此失次第。 肝腸日憂煎。
こんなことを思いやると気持ちが萎えてきて、物事の順序がわからなくなり、肝臓も腸も毎日毎日、憂いに煮えたぎる。

裂素寫遠意。 因之文陽川。
白絹を裂いて遠く離れている父の気持ちを書きしるし故郷の?陽川の流れに手紙を託そう。
○素 白絹。 ○遠意 遠くにいる者の気持。○文陽川 山東省を流れる川の名。?水の北側の地方。

○韻 眠、田、然』 心、前、煙、年、旋』 邊、泉』 禽、肩、憐』 煎、川』

呉地桑葉香B 呉蠶已三眠。
我家寄東魯。 誰種龜陰田。
春事已不及。 江行復茫然。』
南風吹歸心。 飛墮酒樓前。
樓東一株桃。 枝葉拂青煙。
此樹我所種。 別來向三年。
桃今與樓齊。 我行尚未旋。』
嬌女字平陽。 折花倚桃邊。
折花不見我。 涙下如流泉。』
小兒名伯禽。 與姉亦齊肩。
雙行桃樹下。 撫背復誰憐。』
念此失次第。 肝腸日憂煎。
裂素寫遠意。 因之文陽川。』

呉地桑葉緑に、呉蚕すでに三眠。
わが家 東魯に寄す、誰か種(う)うる亀陰の田。
春事すでに及ばん、江行また茫然。』
南風 帰心を吹き、飛び 墮(お)つ 酒楼の前。
楼東 一株の桃、枝葉 青煙を払う。
この樹はわが種うるところ、別れてこのかた三年ならん。
桃はいま楼と斉(ひと)しきに、わが行ないまだ旋(かへ)らず。』
嬌女 字 (あざな)は平陽、花を折り 桃辺に倚(よ) る。
花 折りつつ 我を見ず、涙下ること流泉のごとし。』
小児名は伯禽、姉(あね)とまた肩を斉ひとしく。
ならび行く桃樹の下、背を撫してまた誰か憐れまん。』
これを念うて 次第を失し、肝腸 日(ひび) 憂いに煎る。
素(しろぎぬ)を裂いて 遠意を写し、これを文陽川にたくす。』