送從弟亞赴河西判官 杜甫963


hht3 963 送從弟亞赴河西判官(従弟亜が河西判官に赴くを送る)
いとこの杜亜が河西節度使の判官となって赴任するのを送る詩である。製作時は至徳二載の夏、鳳翔にあって作る。
至徳二載757年46歳

送從弟亞赴河西判官
南風作秋聲,殺氣薄炎熾。盛夏鷹隼?,時危異人至。』
令弟草中來,蒼然請論事。詔書引上殿,奮舌動天意。
兵法五十家,爾腹為篋笥。應對如轉丸,疏通略文字。
經綸皆新語,足以正神器。』
宗廟尚為灰,君臣?下?。??地無軸,青海天軒輊。
西極最瘡痍,連山暗烽燧。』
帝曰大布衣,藉卿佐元帥。坐看清流沙,所以子奉使。
歸當再前席,適遠非?試。須存武威郡,為畫長久利。』
孤峰石戴驛,快馬金纏轡。?羊飫不羶,蘆酒多還醉。
踴躍常人情,慘澹苦士誌。安邊敵何有,反正計始遂。』
吾聞駕鼓車,不合用騏驥。龍吟回其頭,夾輔待所致。』

南から吹く夏の風が秋風の音をたで、炎熱のさかんな所へ殺気がせまって来た。そうしてま夏であるのに鷹や隼が他の獲物を撃ちだす、このとき、国家危急の際に非凡な人物がやって来た。』
おまえは賊軍の間から草をわけてやって来て、あわただしくも国事を論じてみたいと願いでた。願は許されて、詔書によって、みちびかれて君の御殿へのぼらしめられたので、おまえは弁舌をふるうて天子の御意を感動させた。古来兵法を説いたものが五十家もあるが、おまえの腹はその兵法をいれておく函であって、君との応答は丸をころがす様にすらすらとなされ、文字上の事などは省略して、諸説の意を互によく通らせる様にのべた。かようにしておまえののべた国事処理の大方針はすべて新説であり、これならば十分不正にある天下を正当にすることができる。』
今は賊のため宗廟も焼かれてまだ灰になっており、君臣ともに涙をたれておる。加うるに??の地方はその地を支える軸無く、青海の地方は天さえあがったりさがったり不安のさまにある。この西極の地は最も刃傷をうけたものが多く、つづく山々に昼夜とものろし火が暗くとざしている。』
そんな時節だから天子はおまえの議論をおききになるや、「一平民なる大人物よ、おまえに依頼して元帥の輔佐となってもらおう。」とおおせられた。おまえが河西の方へ使命を奉じてゆく様になったわけはこんな次第なので、自分等はゆくゆくおまえが流沙の地方の戦塵を掃い清めるのをみることとおもっている。おまえが他日こちらへもどって来るときは君はおまえの話にみがいって座席の前へ身をのりだされることは予期されるが、今はおまえが遠くへゆくことになったのは突然の抜擢で、一々諸役を経て能力を試験されてのことではないのだ。おまえはこの知遇の点を考えてどうしても武威郡を我が朝廷の手に保存し、国家のために永遠の利益をはからねはならぬ。』
おまえの通過する道路では、或る処は単独の山が聳えて、駅路が巌石のうえにあり、そこを黄金で纏い飾った手綱をくりながら速足の馬を駆ってゆく。途中では十分食べても臭くない黄羊の肉を食べたり、たくさん呑めばやっぱり酔う所の蘆酒をのむこともあろう。一官にありついて躍り上がって喜ぶのは凡人の情であるが、志士のこころはかえって苦しめること惨澹たるものがある。おまえの才を以てすれば辺地を安らかにすることは請け合いで敵などはなんでもない、おまえの此の行によって我が天下を正位にかえすの計が始めて成し遂げられるであろう。』
自分の聞くところでは、太鼓をのせる車などをひかせるに騏驥の名馬を用いてはならぬものである。(おまえの如き人物を河西の判官ぐらいに用いておくのは騏驥に鼓車をひかせるの看がある。)因って騏驥即ち竜馬はたかくいなないてその頭を西から東へむけかえ、再び朝廷にもどり来るであろう。そうしておまえが天子を輔佐し、成王までかそれとも尭舜までか、どこまでかの位置まで天子を達せしむるのを自分は期待するのである。

従弟亜が河西判官に赴くを送る
南風秋声を作す 殺気炎の熾なるに薄る
盛夏鷹隼撃つ 時危くして異人至る』
令弟草中より来る 蒼然事を論ぜんと請う
詔書引いて殿に上らしむ 舌を奮って天意を動かす
兵法五十家 繭が腹筐笥為り
応対転丸の如く 疎通文字を略す
経輪皆新語 以て神器を正しくするに足れり』
宗廟尚灰と為る 君臣倶に涙を下す
??地軸無く 青海天軒輊す
西極最も瘡痍あり 連山烽燧暗し』
帝日く大布衣 卿に藉りて元帥に佐たらしむと
坐ろに流沙を清むるを看ん 子が使を奉ずる所以
帰らば当に再び席を前むぺし 遠きに適くは歴試するに非ず
須らく武威郡を存し 為めに長久の利を画すべし』
孤峰石駅を戴き 快馬金轡を纏う
黄羊飫けども羶ならず 蘆酒多ければ還た酔う
踴躍するは常人の情なり 惨澹たるは苦士の志なり
辺を安んずる敵何か有らん 正に反えす計始めて遂げ
ん』
吾聞く鼓車に駕するには 騏驥を用う合らずと
竜吟其の頭を廻らさん 爽輔致す所を待つ』

○従弟年齢したのいとこ。○亜杜亜をい主。杜亜字は次公、自ずから京兆の人という。少くして学に捗り、10善く物の理及び歴代の成敗の事を言う。粛宗が霊武に在るとき、上書して時政を論じ、校書郎に抜擢された。其の年、杜鴻漸が河西に節度となるや、杜亜を召して従事となした。累りに評事・御史を授けられ、東都留守に終った。○河西判官河西節度使杜鴻漸の属官。河西節度使は甘粛省涼州府武威県に治する。○南風南方より吹く風、夏の風をいう。○秋声秋かぜのおと。○殺気殺伐の気、物の生気を奪わんとする気。○炎俄炎熱の気のさかんなこと。○盛夏まなつ。○鷹隼撃たか、はやぶさが他の禽鳥にむかってうちかかることをいう。案ずるに起りの三句は時候の変をいうとともに鷹隼を以て杜亜に比していう。○異人非凡な人物。○至鳳翔へやって来たこと。○令弟よき弟、亜をさしてはめていう。○草車乗草野の間、賊軍のうちをくぐって来たことをいう。○蒼然蒼卒、蒼皇の意という。蒼は倉の仮借字、あわただしいさま。○論事事は国事。○引みちびく。○奮舌弁舌をふるう。○天意天子(粛宗)のこころ。〇五十家「漢書」の芸文志に凡そ兵家の書五十三家を列する。○爾亜をさす。○笹笥はこ。○応対天子の間に応じ答える。○転丸たまをころがす如くすらすらと滞りないこと。○疎通甲乙間の論旨をよくとおらせること。○略文字文字のことははぷいでいわぬ。○経給軍務の大方針をたてること。○新語これまで人の言わぬことば、新説をいう。○正神器神器は天下をいう。天下はいま賊軍に奪われているがこれは不正である。正とはもとの主人へかえすことをいう。○宗廟唐の天子のおたまや。○為灰賊にやかれたこと。○畦胴山名、臨挑(甘粛葦昌府眠州)にある。○地無軸張華の「博物志」に、地下に四柱、三千六百の軸があって互に相い牽くいう。その軸とは柱をささえるためのものとみえる。○青海甘粛の西、新藩の東部。熔胴、青海はともに河西節度の統べる所。○天軒軽軒は車の前部が地について後部があがること、蛭とは車の後部が地について前部があがること。即ち上下低昂させることをいう、天があがったり、さがったりするとは位置の不安定なことをいう。○酉極西方のはて、河西の地をさす。0瘡痍きりきず。○蜂燵昼ののろし火を健、夜のを蜂という。楊倫は九姓商胡の反乱をさすという。至徳二載、河西の兵馬使蓋庭倫、武威の九姓の商胡安門物等と、節度使周泌を穀したが、度支判官雀偶が討ってこれを平げた。○帝 粛宗。○大布衣 布衣とは無官のものをいう、大は称讃していう。杜亜をさす。○籍 依頼する。○卿 おまえ、亜をさす。○佐 輔佐の役とする、判官となすことをいう。○元帥 軍務の長官、杜鴻漸をさす。○坐看 そぞろにみんとす、そのうちにさようになるであろう。○精 兵塵のけがれをきよめる。○流沙 新垂の東部、羅布嘩爾湖の地方、武威の西北にあたる。○所以 わけ。○子 亜をさす。○奉便 天子の使命を奉ずる、判官として赴くことをいう。0帰 天子の御居所へかえる。○再前席 前席は話にみがいって座席の前方へと体をのりだすこと。漢の文帝のとき、質誼が長抄の地よりよびかえされ、一夜鬼神のことを論じたときに文帝は「座を前め」たとの故事がある。再とは亜の今回の論事に粛宗が席を前めたことを想像していう。○適遠 遠地にゆく。判官となり、武威にゆくことをいう。○非歴試 歴試とは舜の故事、いろいろの瓢難の場合を一々へて経験すること。歴試に非ずとは一挙にして此の官に任ぜられたことをいう。○存 我が手に保存すること、敵にとられぬようにすることをいう。○為画 国家のためにはかる。○長久利 永遠の利益。○孤峰一つのみね。○石戴駅 駅路が巌石のうえについている。○快馬 あしのはやい鳥。○金纏轡 黄金でたづなの飾りをつける。轡は我が国でくつわと訳すのは誤り。○黄羊 黄色毛の羊、羊の一種。○檀 羊くさし。○鳶酒 あしのくだで吸ってのむ酒。あまり濃くないが、しかし多くのめば酔うという。○頗躍 よろこんでおどりあがる、官に任ぜられた時の心もち。0常人 ただびと。○惨澹 心を苦しめるさま。○苦士志 心を苦しめる人の志。さかさまに志士の苦といっても大差はないであろう、士は亜をさす。○安辺 国ざかいを安らかにする。○何有 無きが如くなることをいう。○反正 「公羊伝」に「顆乱反誌Jの語があり、正に反えすとは粛宗をして復び長安に還御させることをさす。○駕鼓車 駕は馬を車のかじ棒につなぐこと、鼓車は太鼓をのせる車。鼓車に駕すとは鼓車につけ2でそれをひかせることをいう。後漢の光武帝の建武十三年に異国より名馬を献じたところが、光武は詔してその馬をば鼓車に駕せしめたとの事がある。○合俗語、まさに何々すべし。○麒駿駿馬。○竜吟竜は竜馬。杜亜をたとえていう、吟はいななくこと。○廻其頭河西の西地から都の東方へと頭をめぐらしてもどってくる。○爽輔「左伝」債公二十六年に「成王ヲ爽輔ス」の語があり、左右からはさんでだくようにしてたすけること。○待作者が亜に対して期待する。○所致諸家はこの敦の字に注しないが、案ずるに「致l衰勇舜この敦であろう。天子の身地をしてそこまで達せしめることを「致す」という。