得家書 杜甫960


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960
得家書(家書を得たり)
前の「述懐」の詩に見える如く、作者より安否問いあわせの手紙を出したのち、家族の方より返事を得て作った詩である。時に作者は鳳翔に在った。製作時は至徳二載の秋七月。757年46歳

得家書
去憑遊客寄,來為附家書。
今日知消息,他郷且舊居。
熊兒幸無恙,驥子最憐渠。
臨老羈孤極,傷時會合疏。』
二毛趨帳殿,一命待鸞輿。
北闕妖氛滿,西郊白露初。
涼風新過雁,秋雨欲生魚。
農事空山裡,眷言終荷鋤。』

 自分は鹿州の方へ往遊する客があったからそれにたのんで家族への手紙を寄せたが、その同じ人がまた家族からの手紙を自分へとどけてくれるために鳳翔へ来た。それに由って今日は家族の消息を知ることができた。その消息によると、家族は他郷とはいえやっぱりもとの住居にそのまま居るそうだ。長男の熊児は幸にも無事であり、次男の驥子、彼をば自分は最もかわいそうにおもう。自分は年老いかかって極端なひとりばっちの旅ずまいをし、時世のことを気にやみながら家族たちとはめったにあえずにおる。』
 自分はこの白髪まじりの頭で行在所の御殿に参り、最初の任官を拝して君の御乗りものの御そばに侍っている。長安の北闕では安慶緒等賊軍の悪気が充満しており、ここの西郊には白露が降りそめた。すず風が立って初雁もとおりすぎ、雨も降りつづいて魚がわきだそうとしている。鹿州のさびしい山中では農事もあることだろう、自分の心はどうもそちらへとひかれる、自分は結局そちらの人間となって鋤を荷いたいとおもうのである。

去るは遊客に憑りて寄す来るは家書を附するが為なり
今日消息を知る 他郷なるも且つ旧居なり
熊児は幸に恙無し 驥子最も渠を憐む
老に臨みて羈孤極まる 時を傷みて会合疎なり』
二毛帳殿に趨し 一命鸞輿に侍す
北闕妖気満つ  西郊白露の初
涼風新に過雁  秋雨魚を生ぜんと欲す
農事空山の裡  眷みて言に終に鋤を荷わん』

○去 此の「去」の字は人にかけて見るべきか書にかけて見るべきかは不明であるが、下旬の「来」が人にかかっている以上それに対するならば人にかけてみるべきである。しかし「寄去」の二字を分用したものとし、書にかけてみるのも亦た義を為す。予は後の解を取る。即ち去とは書を寄せさったことをいう。○憑遊客戯州の方へ往遊する客をたのんで。○寄書を家族によせたこと。○来 さきに書を依頼してやった同じ遊客が鳳翔へもどって来たことをいう。○附家書附とはこちらへ附与し、わたすこと。家書は戯州の家族からの返事のてがみ。○消息 たより、様子。○他郷 此の句以下三句は書中の意と自己の感とを一しょにのべている。他郷とは麒州をさす。○且旧居 且はまあというほどの意。旧居とは売村の以前の住居をいう、他処へ移転もせぬこと。○熊児長子宗文の幼名。○無毒 義は毒虫の名、芸無しとは無事であること。○牒子 次子宗武の幼名。○渠俗語、駿子をさす。○臨老 年よりかかって。○鴇孤 たびでのひとりばっち。○傷時 時世の事をいたむ。○会合疎 家族たちとの会合がめったにない。〇二毛 頭髪に黒白二種の毛のあることをいう、老境のこと。○趨 参りおもむく。○帳殿 でんとばりの御殿、粛宗のあられる行在所のごてん。〇一命 天子より最初の任官の命を蒙る、左拾遺に任ぜられたことをさす。○鸞輿 鸞・壁はみなすずをいう。すずのついたおみこし、天子のお乗りもの。○北開 長安の北門の小門をいう。○妖気 悪い気、兵乱の気。安慶緒の勢いのさかんなことをいう。○西郊 王城の西方の野外をいう、中国の古礼には王者たるものは立秋には秋の気を酉郊に迎えるということがあるが、ここは長安に対して鳳翔の地をいう。○白露初 初めて白露の降るころ。「礼記」月令欝に「孟秋ノ月、涼風至り、白露降ル。」とみえる。此の句及び次の「涼風」の句により、此の詩の作られた時が七月であることを知ることができる。○涼風 すずしいかぜ。○過雁 かりが通過する。○欲生魚 秋の出水のため平地にも魚がわきでようとする。○農事 農事が山中にあることをいう。○空山人の居らぬ山、戯州蒐村の地をさす。○彗一一口 言は古語で、「ここに」又は「われ」と訓ずる。啓はそちらに目をくれる、愛顧の意。○荷鋤 耕作に従事すること。