×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/     http://kanbun-iinkai.com     http://3rd.geocities.jp/miz910yh/     http://kanbuniinkai7.dousetsu.com http://kanbuniinkai06.sitemix.jp/   http://kanbuniinkai.web.fc2.com/ http://kanbuniinkai12.dousetsu.com/   http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/


 
江雪 漁翁 渓居 再上湘江  柳宗元

1江雪 2漁翁 3渓居 4捕蛇者説 5汨羅遇風 6再上湘江 7登柳州峨山 
8 與浩初上人同看山寄京華親故(海畔尖山似劍鋩)
9 登柳州城樓寄章汀封連四州(城上高樓接大荒)
10柳州城西北隅種柑樹(手種黄柑二百株)

319 柳宗元  河東(山西)出身。字は子厚。793年に進士に及第し、校書郎をへて監察御史に進んだ。太子近侍の王叔文・韋執誼らに与して順宗即位と共に礼部員外郎とされ、賦役削減の諸改革にも参与したが、憲宗が即位して叔文らが失脚すると永州司馬に左遷された。815年に柳州刺史に転じて弊風改正に注力し、在任中に歿した。
 文人として著名で、韓愈と同じく戦国〜西漢の散文復帰を主張して復古運動を展開したが、六朝以来の形式的な駢文打倒には至らなかった。学術的議論文に優れた韓愈の古文に対して叙景文に優れ、韓愈とともに唐宋八大家の一人とされる。

詩風
詩は陶淵明の流れを受け、簡潔な表現に枯れた味わいの自然詩を得意とした。同じ傾向の詩人に王維・孟浩然・韋応物がおり、ともに「王孟韋柳」と並称された。その詩文には政治上の不満などが色濃くにじみ、都を遠く離れた僻地の自然美をうたいながらも、隠者の山水とは違った独自の傾向を持つものである。

1江雪  2漁翁 3捕蛇者説 4 汨羅遇風   5再上湘江   6 登柳州峨山

柳宗元1 江雪

柳宗元が806年から10年くらい永州司馬に左遷されていた時の作。(湖南省永州市零陵。)その後も別の地に飛ばされる。
詩人は苦しい中、その心境を詠えるもの。左遷は、官僚を詩人にさせる。貧乏は詩人に輝きを与える。
湘江について、一幅の絵のように詠った作品である。

 江雪   柳宗元  

千山鳥飛絶,萬徑人蹤滅。
孤舟簑笠翁,獨釣寒江雪。

山々から鳥の飛ぶ姿は絶え、全ての小道まで、人の足跡が消えた。
ただ一槽の小舟に、蓑と笠の姿の老人がのる、雪の降りしきる川面にひとり釣糸を垂れている。


江雪
千山  鳥 飛ぶこと 絶え,
萬徑  人蹤(じんしょう)  滅(き)ゆ。
孤舟  簑笠(さりふ)の翁,
獨り 釣る  寒江の雪。


江雪:川に降りそそぐ雪。厳しい冬の情景は、都より左遷されて、永州司馬となった作者の心象風景でもある。「絶」「滅」「孤」「獨」の語と入声韻がそのことをよく表している。

    千山鳥飛絶    萬徑人蹤滅

    孤舟簑笠翁    獨釣寒江雪

 「簑笠翁」と「寒江雪」で対になっている

千山鳥飛絶
山々から鳥の飛ぶ姿は絶え。 ・千山:多くの山々。 ・鳥飛絶:鳥の飛ぶ姿は絶え(水墨画の空には何もない)。 ・鳥飛:鳥が飛ぶ。 ・絶:たえる。なくなる。

萬徑人蹤滅
全ての小道まで、人の足跡が消えた。 *江雪は天地の生き物の姿を隠してしまった。 ・萬徑:多くの小道。 ・人蹤滅:人の歩いた跡が(積雪のため)消えてしまった。(人の気配が無く、ただ一面に広がる白い世界である。)。 ・人蹤:〔じんしょう〕人の歩いた跡。人の足跡。また、行為の跡。人の事跡。 ・滅:つきる。消える。なくなる。ほろびる。消えてなくなる。

孤舟簑笠翁
ただ一槽の小舟に、蓑と笠の姿の老人がのる。 ・孤舟:ぽつんとひとつだけの小舟。詩詞では孤独な人生の旅路にある者の表現にも使う。 ・簑笠翁:ミノ、カサを着けた男の老人。 ・簑笠:〔さりゅう〕ミノと(頭にかぶる)編み笠(かさ)。「萱、菅、藁等の茎や葉を編んで作った身に着ける雨具。 ・翁:男の老人。作者の心理を投影した人物像である。

獨釣寒江雪
雪の降りしきる川面にひとり釣糸を垂れている。 ・獨釣:ひとりだけで魚を釣っている。「孤」「獨」、ともに、ひとり、ひとりぼっち。孤独。 ・寒江雪:冬の川に降る雪。 ・寒江:冬の川。場所を敢えて比定すると、永州司馬であった永州を流れる湘江。

 21歳で科挙に及第し革新派の官僚として活躍する。支えてくれた、病弱な工程が死去(805)すると保守派が台頭し、改革運動に敗れ、33歳この地に左遷された。北で育った人間にとって、この地に慣れるのに時間がかかった。
政治に情熱を抱きながらも都から遠く離れた地で生活する現実、次第に山水の世界に引かれてくる。
 孤独に耐える自分を独り釣り糸を垂れる翁に置き換えて歌ったのだ。








柳宗元 2漁翁  

湖南省永州、零陵(現・永州市)の朝陽巖(西山巖)。この朝陽岩(永州市を流れる瀟水の西岸の岩石)は現在、名所となっている。明代中期には、そのすぐ北の湘江と瀟水との合流点近くに柳子廟が建てられた。

樵と並んで、半俗の位置づけをされている。それ故、隠逸を願う人たちから屡々詩題とされた。


夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。
煙銷日出不見人,欸乃一聲山水香B
迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。

漁師は、夜に朝陽岩に寄り添って泊まったが、夜明けになって、清らかな湘江の水を汲んで篠竹を燃やして朝ご飯を作った。
朝靄が消えて、日が出てきたが、人の姿は見かけることはなく、船こぎ調子の舟歌が響き渡り、山水の緑色を引き立てる。
ふり返えると水平線上、川の流れの中ほどを下くだるあたりに、巌(朝陽岩)の上の雲が無心にわたしの船を追いかけてくる。


漁翁       
漁翁ぎょをう 夜よる 西巖せいがんに傍そひて 宿しゅくし,
曉あかつきに 清湘せいしゃうを汲くみて  楚竹そちくを燃やす。
煙 銷きえ 日 出いでて  人を見ず,
欸乃あいだい一聲いっせい  山水 高ネり。
天際を迴看くゎいかんして  中流を下くだれば,
巖上がんじゃう 無心に  雲 相あひ逐おふ。


漁翁  漁師。漁師のお爺さん。

夜傍西巖宿
漁師は、夜に朝陽岩に寄り添って泊まったが。
 ・傍:そばによりそう。よりそう。そう。近づく。 ・西巖:西側の岩。
「朝陽岩」は瀟水の西岸にあり、次に「清湘」と、湘江を詠う。永州は湘江と瀟水の合流点ではあるが、両者(湘江と瀟水)はやや離れており、更に瀟水(下る)⇒合流点⇒湘江(永州の位置と考え合わせれば恐らく上る)と移動しなければならないという不自然さがある。そして、朝陽巖(西山巖)は流れが急で、碇泊には向かない ・宿:宿泊する。


曉汲清湘燃楚竹
夜明けになって、清らかな湘江の水を汲んで篠竹を燃やして朝ご飯を作った。
 ・汲…燃…:水を汲んで火を焚いて、朝餉の支度をしていることをいう。 ・清湘:清らかな湘江(しょうこう)の流れ。 ・湘:〔しょう〕湘水。現・湘江のこと。湖南省を貫流する川。る海陽山に源を発し、北流して洞庭湖に注ぐ大河。 ・楚竹:湘妃竹のこと。楚国に多い篠竹(しのだけ)の類で、斑竹ともいう。洞庭湖岸に多い。

煙銷日出不見人
朝靄が消えて、日が出てきたが、人の姿は見かけることはなく。
 ・煙:もや。 ・銷:消える。 ・日出:日が出る。日が昇る。 ・不見:見あたらなく(なった)。見あたらない。見えない。

欸乃一聲山水
船こぎ調子の舟歌が響き渡り、山水の緑色を引き立てる。
 ・欸乃:〔あいだい〕船頭が船をこぐとき調子をあわせて歌う歌。船の艪をこぐときのかけ声。舟歌。また、艪のきしる音。「欸乃一聲」とした表現で使われる。 ・山水:山と水。山と河。山と水との景色。風景。また、山中にある水。やまみず。谷川。

迴看天際下中流
ふり返えると水平線上、川の流れの中ほどを下くだるあたりに。
 ・迴看:ふり返り見る。 ・天際:水平線の彼方。天の涯。 ・下:くだる。動詞。 ・中流:川の流れの中ほど。河の真ん中の流れの激しいところ。河の中心線に該るところ。

巖上無心雲相逐
巌(朝陽岩)の上の雲が無心にわたしの船を追いかけてくる。
 ・無心:考えたり意識したりする心がない。自然であること。心中に何もとらわれた思いがないこと。 ・相逐:川の流れに乗って下っていく(去っていく)船に、雲が追いかけてくる





柳宗元3渓居 
柳宗元は、湖南省の永州に左遷された。永州は湘江と瀟水と合流点に近いところ。役人世界に碧碧していて、半俗の隠遁にあこがれを持っていた彼に、静かな日々がやってきた。

渓居
久為簪組束,幸此南夷謫。
闊ヒ農圃鄰,偶似山林客。
曉耕翻露草,夜榜響溪石。
來往不逢人,長歌楚天碧。



 長い間、官僚の生活に煩わされてきたが
 幸いに永州に左遷された
 農家の隣で世俗と離れ
 山林で隠者のようになった
 明け方には露に濡れた草を分け畑を耕し
 夜は岩に艪の音を響かせながら進む
 道を行っても会う人はいない
 青い空に向かって一人詠う


この時38歳。ここに左遷され、5年目。
役人世界の柵から離れ、悠々自適な生活はさながら隠者のよう

 ○韻 束、謫、客、石、碧。


久しく簪組の為に束わずらうも,幸いに此、南夷に謫たくせらる。
ひまに農圃の鄰に依り,偶たまたま山林の客に似たり。
曉耕 露草を翻し,夜榜 溪石に響く。
來往 人に逢ず,長歌 楚天 碧なり。

柳宗元は、自らの境遇を幸いと詠っていますが、風俗も習慣も違う土地であり、南方からの異民族の存在した。ここを”南夷”とも言っており、保守派の牛耳っている中央政府の様子は全く入ってこない。すこしばかり批判的なことを言ったとしても人もいないし、青空に抜けていくだけだ。
 隠者は、訪ねて会えず、人とも誰にも会わず、・・・・・が基本。隠遁生活にあこがれていたけれど、もう少し、中央政界で活躍したかった。深い寂寥感が木魂するだけだった。





柳宗元4 捕蛇者説  

捕蛇者説          柳 宗 元
 
永州之野産異蛇:K質而白章、觸草木盡死;以齧人、無禦之者。
然得而?之以爲餌、可以已大風、攣椀、瘻癘、去死肌、殺三蟲。
其始太醫以王命聚之、歳賦其二。
募有能捕之者、當其租入永之人、爭奔走焉。

有蒋氏者、專其利三世矣。
問之、則曰:
「吾祖死於是、吾父死於是、今吾嗣爲之十二、年幾死者數矣。」
言之貌若甚?者。
余悲之、且曰:
「若毒之乎?余將告於莅事者、更若役、復若賦、則何如?」

蒋氏大戚、汪然出涕、曰:
「君將哀而生之乎?則吾斯役之不幸、未若復吾賦不幸之甚也。
嚮吾不爲斯役、則久已病矣。
自吾氏三世居是郷、積於今六十歳矣。
而郷鄰之生日蹙、殫其地之出、竭其廬之入。
號呼而轉徙、饑渇而頓?。
觸風雨、犯寒暑、呼號毒癘、往往而死者、相藉也。
曩與吾祖居者、今其室十無一焉。
與吾父居者、今其室十無二三焉。
與吾居十二年者、今其室十無四五焉。
非死則徙爾、而吾以捕蛇獨存。
悍吏之來吾郷、叫囂乎東西、隋突乎南北:譁然而駭者、雖鶏狗不得寧焉。
吾恂恂而起、視其缶、而吾蛇尚存、則弛然而臥。
謹食之、時而獻焉。
退而甘食其土之有、以盡吾齒。
蓋一歳之犯死者二焉、其餘則熙熙而樂、豈若吾郷鄰之旦旦有是哉。
今雖死乎、此比吾郷鄰之死則已後矣、又安敢毒耶?」

余聞而愈悲、孔子曰:
「苛政猛於虎也!」
吾嘗疑乎是、今以蒋氏觀之、猶信。
嗚呼!孰知賦斂之毒。
有甚是蛇者乎!故爲之説、
以俟夫觀人風者得焉。









柳宗元5 汨羅遇風  







柳宗元6 再上湘江  







柳宗元7 登柳州峨山