題烏江亭・九日齊山登高 杜牧3
勝敗兵家事不期、包羞忍恥是男兒。
江東子弟多才俊、捲土重來未可知。
題烏江亭
安徽省の長江北岸にある。恥を知る項羽に、自分の考えをもって語りかけている。
・烏江:安徽省東部を流れる川であり地名。南京の東南50キロメートルのところに項羽を祀る覇王祠、烏江廟がある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)54ページ「淮南道」にある。ここの東50キロメートルの南京は、過去には、建康、建業、金陵…といわれた古都。烏江亭とは、下出『史記』に出てくる、長江の畔にある渡河するための宿場町。項羽はここ烏江亭で、亭長から「江東へ逃れて再起を図れ」と勧められたが、「何の面目があって、江東の父兄に顔が会わせられようか」といって断り、自刎する。古来よく取り上げられ、現在に至るまで伝えられている名場面である。李C照も『烏江』で、やはり項羽を詠っている。
1.勝敗兵家事不期
勝敗は兵家の常であって、結果を予期することはできない。
・勝敗:戦争の勝ち負け。
・兵家:軍人。兵法家。
・事不期:予期することができない。予期できる事柄ではない。
・期:〔動詞〕あてる。目当てをつける。
2.包羞忍恥是男兒
羞を克服し、恥を堪え忍んでこそ、一人前の男である。
・包羞忍恥: ・羞:はじらう。はずかしくて人に顔をあわせられない。
・恥:はじる。反省して恥ずかしく思う。ここでは「羞」と「恥」の順は入れ替えられない。「包羞忍恥」で「○○●●」であり、もし、「包恥忍羞」とすれば「○●●○」 となり、「○○」と「●●」とが、交互に並んでいる平仄律の美しさやリズム感が、損なわれる。
・是男兒:それでこそ立派な男である。
・是:強意の助辞。…である。前出の「包羞忍恥」がこの句の主部となる。
3.江東子弟多才俊
烏江の東側にある項羽の根拠地には兵士となる人材が多い。
・江東子弟:烏江の東側にある項羽の根拠地の父老、父兄の児子。項羽にとっての味方の人民。自軍の兵士となる人材。前出『史記・項羽本紀』に基づく。
・多才俊:優れた人材が多い。
・才俊:才能にひいでた人物。
4.捲土重來未可知
砂塵を巻き起こす勢いで、再び攻め上って来ていれば、その結果はどうなったかは、分からない。
・捲土重來:砂塵を巻き起こす勢いで、再びやってくる。
・未可知:まだ知ることができない。その結果はどうなるかは、まだ出ていないので、知ることができない。
銀燭秋光冷畫屏、輕羅小扇捕流螢。
天階夜色涼如水、臥看牽牛織女星。
秋夕
秋の宵。秋の夜。『七夕』ともする。秋の宵をやるせなく過ごす宮中(「天階」より分かる)の女性(「輕羅」で暗示し、謝の『玉階怨』 にもある「流螢」より分かる)の失寵(「輕羅小扇」で、班、の『怨詩(怨歌行)』を暗示している)の様子を詠う。同時に、作者自身が意を得られない鬱懐をも暗にいっている。
1.銀燭秋光冷畫屏
(精製された)白いロウソクで(照らし出された)秋の風光は、(秋の冷気や秋風で)絵が描かれている屏風を冷やして。
・銀燭:白いロウソク。灯油を使った明かりではなく、精製された蝋によって作られた高価な明かり。
・秋光:秋の景色。秋の風光。この詩は、七夕の情景を詠んでいるが、現代の暦とは異なり、七夕は暦の上では夏の最終の節会で、後数日で秋となる気候であり、そのような暦上の位置にある。
・冷:ひやす。
・畫屏:絵が描かれている屏風。
2.輕羅小扇捕流螢
薄絹を張った軽やかな小さいおうぎで、飛び交うホタルをつかまえた。晩夏、初秋の夜の無聊で孤独なさまをいう。
・輕羅小扇:薄絹を張った軽やかなおうぎ。
・捕:つかまえる。とらえる。 ・流螢:飛び交うホタル。
3.天階夜色涼如水
宮中や天上世界とのきざはしは、水のように涼しくて。 *天上界、月にある広寒宮は、寒いという。
・天階:宮中のきざはし。詩詞では、天上界と宮中とは、しばしば重ねて表現される。辛棄疾 蘇軾 秦觀にもその例がある。
・夜色:夜の景色。夜景。夜の気配。
・涼:すずしい。気候や人間関係をいう。
・如水:水のようである。
4.臥看牽牛織女星
横になって、一年に一度の今夜に出会っている牽牛星と織女星を眺めている。 *よそは、佳会を愉しんでいるのに、ここには誰もやってこない、その寂しさをいう。 ・臥看:(ベッドに)寝ころんで見る。
・牽牛織女星:牽牛星と織女星。彦星と織り姫。七夕(たなばた)〔しちせき;qi1xi1〕の主役の星。一年に一度、この夜に出会える。
秋夕
銀燭の 秋光 畫屏 冷え、
輕羅の 小扇に 流螢 捕ふ。
天階の 夜色 涼きこと 水の如く、
臥して看る 牽牛 織女星。
十載飄然繩檢外、樽前自獻自爲酬。
秋山春雨閑吟處、倚偏江南寺寺樓。
念昔游
昔の遊行をおもいおこす。
1.十載飄然繩檢外
この十年はふらふらと彷徨って、規範の外だった。
・十載:10年。この作品は四十代の初め頃の作か。
・飄然:ふらふらとして居所が定まらないさま。
・繩檢:規格。規律。規範。「繩」「檢」も、定規、さし、規準。縄尺、縄準。
・繩檢外:規準外。桁外れ。縄準の外。縄外。決まりの外。
2.樽前自獻自爲酬
酒を容れた物を前にして、自分で自分に酒を注ぎ、受けている。
・樽前:酒器を前にして。酒を飲む時。
・自獻:自分で自分に酒を注ぐ。手酌する。
・自爲酬:自分で(酒を)受ける。
3.秋山春雨閑吟處
秋の山に春の雨といったどの季節にも折々に詩を静かに口ずさみに行った処だ。
・秋山春雨:秋の山に春の雨。どの季節も。折々に。
・閑吟:詩歌などを静かに口ずさむ。
・處:場所。
4.倚江南寺寺樓
江南の方々の寺のたかどのにあまねく(登って手すりに)寄り添った(ものだった)。
・倚:(たかどのの手すりに)あまねく寄り添って。
・江南:中国の沿岸部の長江以南。
・寺寺:方々の寺。
・樓:たかどの。
念昔游
十載 飄然たり 繩檢の外、
樽前に 自ら獻じ 自ら 酬を爲す。
秋山 春雨 閑吟の處、
倚?ること し 江南 寺寺の樓。
笙歌登畫船,十日C明前。
山秀白雲膩,溪光紅粉鮮。
欲開未開花,半陰半晴天。
誰知病太守,猶得作茶仙。
春日茶山病不飲酒因呈賓客
春の日の茶畑の山(の歌)で、病(やまい)になったため、酒を飲めなくなったため、賓客に(この詩を)差し出した。一番茶の茶摘み行事に刺史として賓客を連れて参加した時のもの。「茶摘み」そのものに参加するのではなく「踏青」(郊外へのピクニック)として酒食を持って出かける風習がある。
・春日:(清明節前のうららかな)春の日。 ・茶山:茶畑の山。 ・病:病になる。動詞。 ・不飲酒:酒が飲めない。 ・因:よって。そのために。 ・呈:示す。差し出す。 ・賓客:〔ひんかく(きゃく)〕客人。門下の食客。太子の侍従をつとめて、その補導の任にあたる官。
1.笙歌登畫船
笙(しょう)の吹き手と歌い手をいろどりを施した遊覧船に乗せて。 ・笙歌:〔しゃうか〕笙(しょう)のふえと歌。笙に合わせて歌う。 ・登:乗る。 ・畫船:〔ぐゎせん〕いろどりを施した遊覧船。
2.十日C明前
(旧暦)二月十日の清明節の前(の茶摘みのピクニックだ)。 ・十日:旧暦二月十日。清明節(三月節)の前で「十日」は旧暦二月十日になる。新暦で三月十五日頃か。早春。 ・C明:清明節のこと。三月節。二十四節気の一つで、新暦の四月五、六日ごろに該る。清明節前に摘んだ茶葉を「明前茶」、「清明」(二十四節気の五番目:三月節)から「穀雨」(二十四節気の六番目:三月中(「清明」の15日後))までの茶葉を「雨前茶」という一番茶。緑茶は清明節に近い時期に摘むほどよいよされる。
3.山秀白雲膩
山は高くぬきんでて、白い雲はなめらかできめが細かくすべすべしている。 *句中の対でもある。第二聯(頷聯)、第三聯(頸聯)も同様。 ・秀:ぬきんでる。高く出る。のびでる。また、ひいでる。すぐれる。 ・膩:〔ぢ〕なめらか。きめが細かくすべすべしている。うるおってつややかである。きめの細かい。きれいである。
4.溪光紅粉鮮
谷川の水は(氷が張っていることなく、水が)燦(きら)めいて、(女性がべにおしろいをほどこしたように、)野山には赤や白に咲き乱れている花が色あざやかである。 ・溪:谷川。 ・紅粉:べにおしろい。女性の化粧を謂う。ここでは、清明節前の野山の赤や白に咲き乱れている花を指している。 ・鮮:あざやかである。
5.欲開未開花
(野辺の花や、茶摘みをする若い女性の姿は)花開くようでもあるが、充分には開ききっておらず(まだ青さがあり)。 *杜牧は『贈別二首』其一「娉娉嫋嫋十三餘,荳梢頭二月初。春風十里揚州路,卷上珠簾總不如。」や、『張好好詩』「君爲豫章,十三纔有餘。」でも開ききる手前の女性を愛する。 ・欲開:(花が)開こうとして。 ・未開花:まだ花が開ききらない。
6.半陰半晴天
(天候は)半ばは曇(くも)って、半ばは晴れている(という茶摘み日和である)。 ・半陰:半ば曇(くも)る。 ・陰:曇(くも)り。曇る。 ・半晴天:半分(空が)晴れている。
7.誰知病太守:誰も知るまいが、(この)病気の太守(作者・杜牧)が。 ・誰知:だれが知ろうか。だれも分かるまい。 ・太守:郡の長官。作者の杜牧を指す。当時、杜牧は一つ上の州(湖州)の刺史に任じられていた。
8.猶得作茶仙
ちょうど(「酒仙」ならぬ)「茶仙」となることができたのを。 *「本日の茶摘み・「踏青」では、お酒のお相伴はできないので、お茶でもってお相手を致しましょう」ということ。 ・猶:ちょうど…のようだ。なお…ごとし。なお。それでも。…すら。…さえ。まだ。やはり。 ・得:得る。 ・作:(…と)なる。 ・茶仙:酒が飲めないので「酒仙」を捩(もじ)って、「茶仙」とした
江涵秋影雁初飛、與客攜壺上翠微。
塵世難逢開口笑、菊花須插滿頭歸。
但將酩酊酬佳節、不用登臨恨落暉。
古往今來只如此、牛山何必獨霑衣。
九日齊山登高:九月九日の重陽の日に(刺史として赴任していた池州(現・安徽省貴池(県にある)齊山(せいざん)に登った。 ・九日:ここでは、陰暦九月九日の重陽の日のこと。 ・齊山:〔せいざん〕池州(現・安徽省貴池(県)。江州と南京の中間点で、長江南岸)の東南3キロメートルのところにある。 ・登高:九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。高きに登る。
1.江涵秋影雁初飛
:長江は秋景色を水にひたす(かのようにして映して)、雁が初めて飛びたち、(秋の季節が深まっていく時)。 ・江:ここでは、長江のことになる。 ・涵:〔かん;han2○〕ひたす。水につける。 ・秋影:秋げしき。 ・雁初飛:(渡り鳥の)雁が初めて飛びたったことで、秋の季節が深まっていく様をいう。
2.與客攜壺上翠微
:客人と、酒壷を携(たずさ)えて山の中腹まで上った。 ・與-:…と。 ・客:招き呼んだ人。きゃく。人士。ここでは、刺史の幕客のことになろうか。 ・攜壺:酒壷を携(たずさ)えて。 ・上:のぼる。 ・翠微:山の中腹、八合目あたりをいう。
3.塵世難逢開口笑
:穢(けが)れた人間世界では、口を大きく開けて(心から朗らかに)笑うことにも、出逢うことがなかなか無いので。 *「塵世難逢開口笑」と「菊花須插滿頭歸」とは対句なので、読み下しを揃えるべきだが【「難…」(…すること難(かた)し)】と【「須…」と(須(すべか)らく…べし)】との部分では、国語(日本語)の方が対応していないので対は不可能なところ。 ・塵世:〔ぢんせい〕穢(けが)れた世。人間世界。 ・難逢:出逢うことがなかなか無い。 ・開口:口を大きく開けて(朗らかに笑う)。
4.菊花須插滿頭歸
:(邪気を祓う)キクの花を頭いっぱいにさしはさんで、帰るようにしなければならない。 ・菊花:邪気を祓うとされるキクの花。古來、キクの花は邪気を祓うという習わしがあり、屡々菊酒として紹介されている。 ・須:しなければならない。…することが必要である。すべからく…べし。 ・插:〔さふ;cha1●〕さす。さしこむ。さしはさむ。ここでは、花をかんざしにする意。 ・滿頭:頭いっぱいに(…する)。「滿頭歸」は「滿頭而歸」のこと。
5.但將酩酊酬佳節
:ただ酩酊でもって、(素直に)めでたい日を迎えるべきであって。 *ただ素直に祝日を祝えばいいのであって。 ・但:ただ。 ・將:…を(以て)。 ・酩酊:〔めいてい〕ひどく酔う。 ・酬:〔しう;chou2○〕受けたおかえしをする。(恩誼に)むくいる。(「仕返し」の意は無い)。 ・佳節:おめでたい日。節日。祝日。ここでは、陰暦九月九日の重陽の節を指す。
6.不用登臨恨落暉
:高い所に登って、夕陽を眺めて心残りを歎くようなことは、なさらないように。 ・不用:…なさるな。軽い禁止の語気を持つ表現。(…を)用いないで…。 ・登臨:山に登り水に臨む。高い所に登って、下方ををながめる。転じて、帝位に即(つ)いて人民を治める。 ・恨:うらむ。心残り、うらみの極めて深いこと。自分に対してのことば。蛇足になるが、「怨」は人をうらむこと。夕陽に心が乱れる詩歌は多い。
7.古往今來只如此
:(人の生死というものは)昔から今まで、(変わることなく)ただかくのとおり(自然の摂理)であって。 ・古往今來:〔こわうこんらい〕昔から今まで。往古來今。 ・只:ただ…のみ。 ・如此:かくのとおり(である)。かようである。
8.牛山何必獨霑衣
:(春秋時代、斉の景公が)牛山に(遊び、人の生死の儚(はかな)さを歎いて)涙で衣を濡らした(歎き)などは、必ずしも必要とはしないのだ。 ・牛山:現・山東省臨?県の南にある山。斉の都の南東にある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎いたところ。 ・霑:〔てん;zhan1○〕うるおす。湿らす。ここでは、涙で濡らすことをいう。
九日 齊山せいざんに登高す
江は秋影を涵して 雁 初めて飛び、
客と壺を攜たづさへて翠微すゐび に上る。
塵世逢ひ難し 口を開きて笑ふに、
菊花須すべからく 滿頭に插して歸るべし。
但 酩酊を將って 佳節に酬い、
用ず 登臨 落暉を恨むを。
古往 今來 只 此くの如く、
牛山に何ぞ必ずしも獨衣を霑うるほさん。