賀知章 回ク偶書 二首
207 @ 賀知章 がしちょう 659- 744年
回ク偶書 二首
書家。詩人として有名であるが、狂草で有名な張旭と交わり、草書も得意としていた。酒を好み、酒席で感興の趣くままに詩文を作り、紙のあるに任せて大書したことから、杜甫の詩『飲中八仙歌』では八仙の筆頭に挙げられている。
「飲中八仙歌」杜甫 先頭の聯に
知章騎馬似乘船,眼花落井水底眠。
賀知章が酔うと馬にのってはいるが船にのっているようにゆらゆらして
いる。或るときは酔うて目先きがちらついて、誤って井の中に落ちこん
で水底に眠ったりする。
李白とも交友があった。743年玄宗皇帝に李白を紹介して、仕官させている。(もっとも賀知章だけの推薦ではなかったが)
744年正月、辞職し、なつかしい故郷、中国酒で有名な紹興(浙江省)に帰ります。賀知章80歳になってからことです。
この作品は、帰郷後に書かれた賀知章の性格を表した心温まる作品です。この二首は一対のものです。
回ク偶書 其の一
少小離家老大回、ク音無改鬢毛摧。
兒童相見不相識、笑問客從何處來?
帰郷したおり、たまたまできたもの。その1
若い時に故郷を離れて、歳をとってから帰ってきたけど、故郷のなま
りは改まらずそのままだけど、鬢の毛は(変化があり)少なくなった。
街の子供は出会っても、顔見知りでないので、笑いながら「お客さん
は、何処からやって来たのですか?」と問いかけてきた。
作者賀知章は今も故郷浙江省紹興市「賀秘監詞」に祀られています。唐の初唐の終わりから盛唐の中ごろまで朝廷の要職を歴任しています。
賀知章は80歳を過ぎて引退しました。懐かしい故郷ですが、なにしろ50年ぶりです。村の子供たちはだれかわからないので、「お客さん」と呼びます。
『ああ、すっかりよそ者になってしまったのだなあ』としみじみ詠います。
回ク偶書 其の二
離別家ク歳月多,近來人事半消磨。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。
帰郷したおり、たまたまできたもの。その2
故郷を離れてから歳月は多く(経った)、近頃は、俗世界の人間関
係に、半ばうんざりしてきて消耗している。
ただ、(郷里の家の)門前の鏡湖の水(面)だけは、春風に、昔と変
わることなく波を立てている。
賀知章は玄宗皇帝から鏡湖を賜りました。長く宮仕えをしたご褒美です。
故郷を離れて、長い年月がたつので世の中のことも変わってしまうし、故郷も変わっているのか。いや、町の門の前の鏡湖の水だけは、春風に吹かれて昔のままだ。
長く故郷を離れた賀知章を鏡湖だけは昔と変わらぬ姿で迎えてくれました。
郷愁が、安らぐ落ち着いた景色が賀知章をつつみます。都てやり残したものがない素敵な人生を送ったものだけが感じる故郷での時間だった。
賀知章は間もなく85歳で亡くなります。懸命に生き抜いた一生でした。
其の一
離別家ク歳月多,近來人事半消磨。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。
少小家を離れ老大にして回
かえる、ク音
きょうおん改まる無く鬢毛摧
すたる
兒
じ童相い見て相い識
しらず,笑ひて問う「客 何
いづれの處
ところ從
より來(きた)る」と?
其の二
離別家ク歳月多,近來人事半消磨。
唯有門前鏡湖水,春風不改舊時波。
家クを離別して歳月多く,近來人事に半ば消磨す。
唯だ門前に鏡湖の水有りて,春風改めず舊時の波を。