上官婉兒 九月九日
上官宛兒は才女で宮妓としても名高い。彼女の20歳前後から世を去った40歳の時代は、宮廷は激動の時代であった。則天武后の皇帝即位、病死、クーデター、と目まぐるしく政変があり、後宮の女官、官妓として巻き込まれ、殺されてしまったのもしかたがないのかもしれない。
九月九日上幸慈恩寺登浮圖群臣上菊花壽酒 上官婉兒
帝里重陽節,香園萬乘來。
卻邪萸入佩,獻壽菊傳杯。
塔類承天湧,門疑待佛開。
睿詞懸日月,長得仰昭回。
天子のいらっしゃる所の重陽節会は、(慈恩寺)の庭園に天子御一行が来られた。
邪気を祓(はら)うために、かわはじかみを身に附けて、長寿を祝福するために、さかづきがめぐらされた。
(慈恩寺の)仏塔は、天を支えるために、勢いよく湧き出しているのに似ており門は、慈悲に満ちた仏様(=仁徳あふれる天子様)の来るのを待っていて開いたのかと疑ってしまった。
天子のお言葉は、日月のように至高・至尊のものとして、心にかけて、(太陽や月のような存在の天子様を)とこしえに光り輝きながらめぐっているのを(わたしども臣下は)あおぎ見続けている。
九月九日上幸慈恩寺登浮圖群臣上菊花壽酒
陰暦九月九日に、慈恩寺に行幸されて寺塔に登高され、羣臣が菊花の寿酒をたてまつった。
・九月九日:重陽節(ちょうよう)。・上幸:天子が巡幸したてまつる。 ・幸:天子が皇宮を出て、他所へ行くこと。みゆき。 ・慈恩寺:陝西省長安の南東3キロメートル、曲江の北にある。・浮圖:〔ふとbuddhaのブッダ)寺塔。仏塔。ここでは、慈恩寺の塔のことになる。=浮屠。 ・群臣:くの臣下。まえつきみ。 ・上:たてまつる。 ・菊花壽酒:菊の咲く時期に菊の茎や葉を黍(きび)に混ぜて醸(かも)し、翌年の菊花節(重陽節)に邪気を祓(はら)うために飲む酒。また、杯に菊花を浮かべた酒。菊花酒。
帝里重陽節:天子のいらっしゃる所の重陽節会は。
・帝里:天子のいる所。 ・重陽節:〔ちょうようせつ〕陰暦九月九日のこと。この日に高い丘などに登り、茱萸(しゅゆ=かわはじかみ ぐみ)の実を頭に差し挟むと邪気を祓(はら)うとされた。九は陽数の極で、その九が重なるから重陽といった)。 ・重陽節:〔ちょうようせつ〕陰暦九月九日に宮中で催される観菊の宴。菊の茎や葉を黍(きび)に混ぜて醸(かも)した酒、または、杯に菊花を浮かべた酒を酌みかわし、長寿を祝い、群臣に詩を作らせた。
香園萬乘來:(慈恩寺)の庭園に天子御一行が来られた。
・香園:寺院の庭。 ・萬乘:天子を謂う。「一天萬乘」の君。周代の制で、天子は戦時に兵車万乗を有したところから謂う。
卻邪萸入佩:邪気を祓(はら)うために、かわはじかみを身に附けて。
・卻邪:邪気を去る。邪気を祓(はら)う。邪気を棄却する。 ・萸:〔ゆ〕茱萸:〔しゅゆ〕のこと。ぐみ。重陽の日に登高して、この喬木の実を頭に挿して邪気を払う。初夏に黄色い花をつける。 ・入佩:身に附ける。「結佩」ともする。 ・佩:〔はい〕おびだま。腰に下げる飾り玉。また、帯びる。腰に下げる。身に付ける。
獻壽菊傳杯:長寿を祝福するために、さかづきがめぐらされた。
・獻壽:人の長寿を祝福すること。 ・菊:重陽の節句に菊花を餐し酒に浮かべて邪を去るという風習 ・傳杯:さかづきをめぐらす。
塔類承天湧:(慈恩寺の)仏塔は、天を支えるために、勢いよく湧き出しているのに似ており。
・塔:ここでは、詩題中の慈恩寺の浮圖のこと。 ・類:似る。 ・承天:天を支える。 ・湧:(塔勢は)水が勢いよく噴き出しているかのようなさま。
門疑待佛開:門は、慈悲に満ちた仏様(=仁徳あふれる天子様)の来るのを待っていて開いたのかと疑ってしまった。
・疑:…かと疑う。 ・待佛:慈悲・仁徳に満ちた方の来るのを待つ。尊敬表現。
睿詞懸日月:天子のお言葉は、日月のように至高・至尊のものとして、心にかけて。
・睿詞:天子のお言葉。 ・懸:(心に)かける。つりさげる。 ・日月:太陽と月。至高・至尊のもの。 ・懸日月:天にかかっているもの。(法令を)かかげて示す。
長得仰昭回:(太陽や月のような存在の天子様を)とこしえに光り輝きながらめぐっているのを(わたしども臣下は)あおぎ見続けている。
・長得:とこしえに。 ・仰:あおぐ。 ・昭回:〔しょうかい〕光り輝きながらめぐる。
帝里の重陽節,
香園に 萬乘(ばんじょう) 來る。
邪を卻(しりぞ)けんとして萸佩(ゆはい)に入れ,
壽を獻じて 菊 杯に傳(つ)ぐ。
塔は類(に)る 天を承(う)けんとして湧くに,
門は疑ふ 佛を待ちて開くかと。
睿詞(えいし) 日月と懸(かか)げ,
長(とこし)へに昭回を仰ぐを得ん。