3 望 嶽
古より聖地として名高い泰山。秦の始皇帝、唐の玄宗皇帝、数多くの権力者たち、すべての人たちがこの山に畏敬を念を込めて岱宗と呼ばれていました。

泰山頂上を望む
望 嶽
岱宗夫如何,齊魯青未了。
造化鍾神秀,陰陽割昏曉。
盪胸生曾雲,決眥入歸鳥。
會當凌絶頂,一覽衆山小。
泰のみやまは一体いかなる山であるかといえば、斉のくに魯のくにまでその山の青さが終わろうとはしない。万物のつくり主が神妙な霊気をあつめ、陰気と陽気がこの山に働いて昼と夜とを分割する。重なった雲が湧きたってわがこころをとどろかせ、山に帰りゆく鳥をまぶたも裂けよと目をこらす。いつかはきっと絶頂によじのぼり、足もとに山々の小さくみえるのを眺めるであろう。
○岱宗 泰山をいう。岱は泰に同じ。宗は五岳の長の意。○斉魯 斉は泰山の北の地方。魯は泰山の南の地方。○骨雲 層雲に同じ。○衆山小 『孟子』尽心上に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるのを踏まえる。
○韻字 了・暁・鳥・小。
泰山はさてどんな山なのだろうか、斉魯にまたがり
緑はどこまでもつづく
天地万物の理は すぐれた妙をあつめ、太陽と月が
朝と夕べを分ける
胸を時めかせて 曾雲が湧き、眥を決するなか鳥が
ねぐらに帰ってゆく
いつの日かきっと山頂をきわめ、群小の山を見おろ
すであろう
望嶽:高大な山・泰山を望む。また、四方の群小の山々を見下ろす泰山のようになりたいと願う。双方の意が込められている。後期の詩には見られない詩風。 ・嶽:高大な山。ここでは、五岳の長である泰山を指す。 ・望:ながめる。そうありたいと願う。第一義的には「(泰山を)ながめる」の意だが、「(四方の群小の山々を見下ろす泰山の)ようになりたいと願う」の意もあることが、作品全体を通して伝わってくる。
岱宗夫如何:泰山(岱宗)とは、そもそも、どのような山なのか。 ・岱宗:〔たいそう〕泰山。「宗」は五岳の長の意。現・山東省泰安市のすぐ北、済南の50キロメートル南にある大山。旧時、皇帝が封禅の儀式を行ったところでもある神聖な山。東岳。五岳の一つ。 ・夫:〔ふ〕それ。いったい。そもそも。発語の言葉(助字)。 ・如何:どのようであるか。どのようにするか。ここは、前者の意。
齊魯青未了:斉の国(現・山東省東部)から魯の国(現・山東省西部)の国にまたがり、山の青さは尽きることがない。 ・齊魯:〔せいろ〕現・山東省東北部から西部。 ・青:ここでは、青々とした山の緑のこと。 ・未了:いまだ尽きることがない。まだ終わらない。
造化鍾神秀:天地創造の造物主は、比類の無い霊妙を集め。 ・造化:〔ぞうか〕万物を造り出して、育てるもの。造物主。宇宙。自然。天地間の万物を支配している法則。 ・鍾:〔しょう〕(抽象的なものを)あつめる。 ・神秀:〔しんしゅう〕不思議に気高くひいでる。何ともいえず神々しい。
陰陽割昏曉:泰山の南(陽)と泰山の北(陰)とでは夕方と明け方を異にするほどである。 ・陰陽:ここでは、山の北側と南側のことになる。 ・割:〔かつ〕切り分ける。 ・昏曉:〔こんぎょう〕夕方と明け方。
盪胸生曾雲:我が胸を動かすのは、かさなりあった雲が湧き上がってくるさまで。 ・盪胸:〔とうきょう〕胸を突き動かす。 ・盪:〔とう〕突く。動かす。 ・曾雲:〔そううん〕幾重にも重なった雲。層をなす雲。
決眥入歸鳥:目を大きく見開けば、ねぐらに帰る鳥が山影に吸い込まれていく。 ・決眥:〔けつぜい〕目を大きく見ひらく。 ・眥:〔ぜい、し、ざい〕まなじり。 ・歸鳥:(日暮れになって)ねぐらに帰る鳥。
會當凌絶頂:(いつの日か、)必ずやこの泰山の頂上をきわめて。(いずれの日にか、みんなの上に立って)。 ・會當:かならず。きっと。まさに…すべし。 ・凌:〔りょう〕侵(おか)す。犯(おか)す。しのぐ。 ・絶頂:山の頂上。山のもっとも高いところ。
一覽衆山小:周囲の群小の山々を、一望に見下ろしてやるのだ。(みんなをみおろしてやろのだ)。 ・衆山:もろもろの山。 ・小:ここでは、「(一覽)・衆山小」で「多くの山々が小さいことを…」の意 孔子の故事を引用。
望 嶽
岱宗夫如何,齊魯青未了。
造化鍾神秀,陰陽割昏曉。
盪胸生曾雲,決眥入歸鳥。
會當凌絶頂,一覽衆山小。