飮湖上初晴後雨
紀元前5世紀ごろ、春秋時代の越の國の絶世の美女西施は、呉王夫差ととりこにした。その美貌に准えて西湖の美しさが詠われています。
晴れた日の湖は丹念に化粧をした艶やかさがあり、雨に薄く煙るさまは薄化粧の風情、なんとも洒落た表現力です。
蘇東坡 38歳の作(1075)
北宋の文人で、詩は宋代第一と称された。官僚。1036年(景祐三年)〜1101年(建中靖國元年)
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飮湖上初晴後雨
水光瀲艶晴方好,山色空濛雨亦奇。
欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。
西湖 蘇堤
「西湖上で、酒盛りをしたら、初めのうちは晴れていたが、やがて雨が降ってきた。」
湖のさざ波のしきりに動く水面が輝きは、晴れわたった今こそ素晴しい。一方、薄ぼんやりと山を包んだ雨の景色も、また独特の趣がある。
もしこの西湖を古の美女西施(西子)に譬えてみるならば、薄化粧も濃い化粧も、どれもみな風情がある。
この作品当時の蘇東坡は杭州の副知事を務めていました。酒に弱いながらも酒好きだった蘇東坡は子の詩にもあるように「湖上に飲す」とあるように船の上でほろ酔い気分になって詠んだものでしょう。このころ、西湖はていれもされず荒れ放題でした。後に蘇東坡は杭州の知事になり、西湖の大改修に取り組みます。
そのとき作られた堤が「蘇堤」です。蘇東坡に因んで名づけられました。「蘇堤」は、湖の南北、およそ3kmを結び、美しい西湖を楽しむ散策路として、今の世まで長く人々に親しまれています。
『聯珠詩格』より
私感註釈
飮湖上初晴後雨:
(杭州の西)湖上で、酒盛りをしたら、初めのうちは晴れていたが、やがて雨が降ってきた。
*杭州西湖上で、酒盛りをし、西湖の風光の麗しさと西施の美を比べて詠ったもの。清末、黄遵憲がこれに基づいて一連の作品を遺している。 ・飮湖上:杭州西湖上で、酒盛りをした。 ・初晴後雨:初めのうちは晴れていたが、やがて雨が降ってきた。「晴」「雨」は、動詞として使われている。
水光瀲?晴方好:
湖の水面が輝き、さざ波のしきりに動くのは、晴れの時がちょうよい。
・水光:水面の輝き。 ・瀲:(れんえん;lian4yan4)さざ波のしきりに動くさま。水の溢れるさま。ここは、前者の意。 ・方:まさに。ちょうど。ここを「方好」(ちょうどよい)、とはせずに「偏好」(ひとえによい)とするのもある。平仄から謂うと、ここは○が来べきところで、「方」「偏」ともに適合している。
『蘇東坡絶句』より
山色空濛雨亦奇:
山の色が霧雨が降って薄暗いさまでは、雨もまた独特の趣がある。 ・山色:山の色。 ・空濛:霧雨が降って薄暗いさま。唐・武元衡の『題嘉陵驛』に「悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。路半嘉陵頭已白,蜀門西更上青天。」とある。 ・亦…もまた(同様に)。(晴れは、なかなか佳いものだが、雨)もまた同様に。 ・奇:めずらしい。独特の趣がある。
欲把西湖比西子:
西湖を西施と比較しようとすれば。 ・欲:…をしようとする。『聯珠詩格』では「若」とする。「若」:もし。もしも。 ・把:〔古語・現代語〕…をもって。…を取って。本来は動詞で、「手に持つ」ということだが、介詞的な雰囲気が漂っている。「將+名詞」の場合の「將」に限りなく近い。「以」にも稍近い。 ・西湖:杭州にある風光明媚な湖で、西湖十景で有名。「斷橋殘雪」「蘇堤春曉」「雷峰夕照」「三潭印月」「雙峰插雲」「花港觀魚」「曲院風荷」「南屏晩鐘」「柳浪聞鶯」「平湖秋月」と、実に優雅な名の美しいところである。 ・比:〔古語・現代語〕くらべる。西湖、西施どちらも、「西」が附いていることから来る聯想もあろう。 ・西子:西施。春秋時代の越の國の美女。呉王夫差の愛妃。「西施捧心」「効顰」で有名。呉王夫差は、愛妃西施のために、ここ西湖畔の姑蘇山上に(姑)蘇台を築いた。
淡粧濃抹總相宜:
薄化粧も濃い化粧も、(それぞれが)全てぴったりとしている。 ・淡粧:淡い化粧。薄化粧。 ・濃抹:濃い化粧。「淡粧濃抹」は、西施の化粧のさまと、西湖の天候の変化を謂う。 ・總:すべて。総じて。 ・相宜:〔白話〕適当である。適合している。ふさわしい。
◎ 句の大意
・水光瀲晴方好:水面にはさざ波のしきりに起って、晴れてちょうどよい、
・山色空濛雨亦奇:山の色が雨にけぶる風情もなかなかのものである。
・欲把西湖比西子:西湖を西施と比べて(謂お)うとすれば、
・淡粧濃抹總相宜:薄化粧も濃い化粧も(晴れても雨であっても)、どちらもなかなかふさわしい。
「湖上に飮み 初め晴れるも後に雨ふる」
水光 瀲艶(れんえん)として 晴れて方(まさ)に好し,
山色 空濛(くうもう)として 雨も 亦た 奇なり。
西湖を 把(と)って 西子に 比せんと欲せば,
淡粧 濃抹 總(すべ)て 相宜(よろ)し。