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間違った仕官への道


仕官活動を理解するための杜詩
杜甫は、仕官の望みに懸命であった。そうして仕官の望みを遂げるためには、文官試験に応ずるのも一法であり、直接皇帝に訴えるのも一法であったけれども、何にしても、時の勢力者の知遇を得ておくのが、いつの世でも早道である。そのためであろう、長安に於ける杜甫の足跡は、しばしば貴顕の門に入っている。
 しかし、杜甫人間性と、この仕官方法は合致しない。客観的に見てうまくいくわけはない。その1は、李林甫が実権を握っている、2は宮廷の実務者たちは改革者を望まない、3、宮裏の宦官たちが台頭してきた などからである。杜甫は、家柄的にも旧家であり、王侯貴族の伝手を頼りにしたのは理解できる。以下其れを示す詩の一覧である。


天宝4載745年34歳    陪李北海宴歴下草時邑人賽庭土輩在坐  北海太守李?のお相伴をして歴下の事に宴したことをのぺるのべる。天宝四載の作であろうという。
    同李太守登?下古城員外新亭   李之芳が造った歴下の古城の新字にのぼって李?が詩を作った。此の詩はそれに和したものである
d358     鄭?馬宅宴洞中
d359     李監宅
d390   杜位宅守?
d393  崔?馬山亭宴集(京城東有崔惠童?馬山池)

天宝5載746年35歳五言長律d357・917.贈特進汝陽王二十韻   特進の位にある汝陽王李礎に贈った詩である。天宝五載ごろの作であろう。
天宝7載748年37歳五言古詩d001・19 奉贈韋左丞丈二十二韻(?袴不餓死)  沢山の詩を奉贈するが、李林甫が権力を握っていたので、尚書左丞韋済も手の施しようがなかった
五言長律d364     919.奉寄河南韋尹丈人  河南の尹である韋済どのに寄せ奉った詩。天宝七載長安に在っての作。
天宝9載750年39歳五言長律d394     923 贈翰林張四學士   翰林学士張相に贈った詩である。天宝九載河南より長安にかえったときの作
七言歌行d069     病後遇王倚飲,贈歌
天宝10載751年40歳d028・931 樂遊園歌  長史賀蘭場という人の定席に於ける酔時の歌である。作者は天宝九載に賦を献じたが、未だ用いられなかったときの作、蓋し天宝十載正月晦日の作であろう。
天宝11載752年41歳七言歌行d008・930 元都壇歌寄元逸人
天宝11載752年41歳五言古詩d356・942 奉贈鮮於京兆二十韻京   兆尹鮮于仲通に贈った詩。天宝十一載十二月の作であろうという。
天宝12載753年42歳五言律詩d387     35 陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一(不識南塘路) 夏、かねて親しくしていた鄭虔(ていけん)に誘われて、某将軍の山荘に招かれる。
天宝12載753年42歳七言歌行d029・306  I陂行  I陂の水面に舟遊びしたことを叙する。製作時は天宝十二載の夏である。
天宝13載754年43歳五言律詩d388 38 重過何氏五首 其一(問訊東橋竹)  何将軍の山荘を再訪するときの詩。
五言古詩d020      苦雨奉寄隴西公兼呈王征士  玄宗皇帝の兄の息子李?に贈る
五言古詩d396    17 陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首  舟遊びで、みじめな思いをしながら、我慢を重ね任官の機会を願う。
d030     I陂西南台
天宝13載754年43歳七言歌行d017     305 醉時歌  酔ったときの気もちをうたった作。作者の親友である広文館の博士鄭度に贈ったもの
天宝13載754年43歳五言律詩d384・943 贈田九判官梁丘  河西節度の判官田梁丘に贈った詩。作時は天宝十三載であろう。
d380      「贈陳二補闕」杜甫 s184
d030     戲簡鄭廣文虔,兼呈蘇司業源明
d032     20 夏日李公見訪 (就職活動中 杜曲の家)

d022     21 示従孫済s190(就職活動中 杜曲の家)
d023     九日寄岑參(參,南陽人)
d035     橋陵詩三十韻,因呈縣?諸官
d354    935 奉贈太常張卿キ[土自]j二十韻  s192 太常卿張キ[土自]に送った詩である。製作時は天宝十三載。

七言律詩d386     928 贈獻納使起居田舍人澄 s187 居舎人にして献納使である田澄に贈った詩。
天宝14載755年44歳五言長律d353     936 上韋左相二十韻 s200 韋左相にたてまつった詩。製作時は天宝十四載の初春の作であろう。
天宝14載755年44歳五言古詩d378     501 送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 s221 陳右の節度使である哥舒翰の部下である都尉の官の蔡希魯が陳右へかえるのを送り、すでに隣右に居る親友高適に寄せた詩である。製作時は天宝十四載春の作であろう。* 〔原注〕時寄野人奏。勘察子先蹄
五言長律d352   投贈哥舒開府二十韻

d034     937 夜聽許十一誦詩愛而有作 s221  許十一が夜、その詩を朗吟したのをきいて、それをめでてこの詩を作った。許十一を或は許十、或は許十損に作る。製作時は天宝十四載、長安での作。
天宝14載755年44歳七言歌行d049     949  晦日尋崔?李封(晦日 尋崔?李封を尋ぬ)正月のみそかに崔?、及び李封をたずねた詩。製作時は天宝十五載正月であろうという。