月 杜甫968


hht4 968 月
鳳翔にあって月をみてよんだ。蓋し至徳二載七月の作。


天上秋期近,人間月影清。
入河蟾不沒,搗藥兔長生。
只益丹心苦,能添白發明。
干戈知滿地,休照國西營。

天上では秋の時節が近づいて、人間では月のひかりも清らかにみえるようになった。あまのがわらのなかへと月のがまははいりこむが、そのなかにかくれてはしまわぬ。月世界ではいつまでも兎が生きていて薬をついている。この月の光のさえはただ自分の心中のくるしみをますものであり、またたださえ見える白髪のあかるさを一層あかるくしてくれるのである。いまや兵乱でどこも千曳でいっぱいになっている。だからお月さまも国西にあたるこの鳳翔の軍営は遠慮して照らさぬ様にしてもらいたい。(若し照らせば軍士も自分と同じく悲しみにたえぬであろうから。)


天上秋期近く 人間月影清し
河に入りて 蟾 没せず 薬を搗いて兔長生す
只だ丹心の苦しきを益す 能く白髪の明なるを添う
干戈知る満地 国西の常を照らすことを休めよ

天上秋期近:天上秋期近く(天上では秋の時節が近づいて)
人間月影清:人間月影清し(人間では月のひかりも清らかにみえるようになった。)
入河蟾不沒:河に入りて 蟾 没せず(あまのがわらのなかへと月のがまははいりこむがそのなかにかくれてはしまわぬ。)  〇人河 河はあまのがわ。○蟾蜍 ヒキ蛙(ひきがえる)。月に蝦蟆(ひきかえる)がいると考えられていた。ここは月そのものをさす。
搗藥兔長生:薬を搗いて兔長生す(月世界ではいつまでも兎が生きていて薬をついている。)   ○搗薬 月の中には兎がいて薬をつくと考えられていた。
只益丹心苦:只だ丹心の苦しきを益(この月の光のさえはただ自分の心中のくるしみをますものであり)  ○丹心苦 中心の苦しみ。
能添白發明:能く白髪の明なるを添う(またたださえ見える白髪のあかるさを一層あかるくしてくれるのである。)  ○白髪明 しらががはっきりみえること。
干戈知滿地:干戈知る満地(いまや兵乱でどこも千曳でいっぱいになっている。)  ○干戈 たで、ほこ、兵乱をいう。○満地 世間いっぱいに。
休照國西營:国西の常を照らすことを休めよ(だからお月さまも国西にあたるこの鳳翔の軍営は遠慮して照らさぬ様にしてもらいたい。(若し照らせば軍士も自分と同じく悲しみにたえぬであろうから。))  ○休照 若し営を照らすならば軍士はみな月を見て帰家の念を起して悲しむであろう、故に「照らすことをやめよ」という。此の詩は一々たとえとして時事にひきつけてとく解があるが、今は取らぬ。○国西営 国とは国都長安をいい、国西とは鳳翔をさしていう、営は屯兵の合。